執行猶予




執行
猶予



05





部屋についてすぐに、念のためお抱えの医師が呼ばれた。
付き添ってきたナースさんたちが、当然ながらイタリア人女性で、思わずじっくり見てしまう。(凄く可愛い。)
医師とナース、併せて四人という軽傷で申し訳なくなるような、なかなかの医療隊が到着してすぐ、細雪さんも駆けつけてくれたのだが。


「まぁ、ボス!なんてこと…!」


「違う!細雪、違う!」


ボロボロの格好の私を見ての細雪さんの第一声は、ディーノさんを疑うものだった。
仮にも、ボスに対してそれで良いのだろうか…。
不安に思いながらも一旦退室して、続きの寝室で着替えてから再びソファに向かう。
相変わらず、疑わしい目でディーノさんを見つめながら、細雪さんが紅茶を淹れてくれた。
なぜかいつの間にかロマーリオさんと、もう3人私の知らない側近の方もいた。
医療隊、側近、ディーノさん、細雪さん、私。
合計11人も入ると、ゲストルームとしては広いこの部屋も、さすがに少し狭く感じる。
とりあえず、未だ疑いの晴れていないディーノさんの名誉のために、細雪さんにフォローを入れる。


「細雪さん。ディーノさんは庇って下さったんです。あの格好は不可抗力です。ただ、私も何が起こったのかいまいちわかってないのですが。」


何かが飛んできた、危ない、と思った次の瞬間にはもう庇われていたので、何がなんだかさっぱりだ。


「あー。なんていうかだな…。」


どこから説明すれば良いのか戸惑っている様子のディーノさんに助け舟を出したのはロマーリオさんだった。


「刺客が投げてきた手榴弾を、ボスが見事な鞭さばきで打ち返したんですよ。」


「手榴弾…!どこのファミリーですか!そんな恐ろしい物!さんはまだ嫁入り前ですのに…!」


「鞭…。」


あの目の前を横切った紐のようなものは、鞭だったのか。


「最近ずっと揉めてる奴らだ。まさかあんな粗い攻撃を仕掛けてくるとは思わなかった。」


怖い思いをさせて、すまなかったな、と頭を撫でられる。


「大丈夫です。まさか手榴弾で攻撃されるとは思わなかったので驚きましたが、荒っぽいことには耐性があるので。気にしないで下さい。」


きちんと庇ってもらったし、服は駄目にしてしまったものの、私自身は無傷だ。
大体、こんなことでいちいち怖がっていたら、マフィアのボスの妻など務まらないだろう。


「それに、今日はとっても楽しかったですし。改めて、ありがとうございました。ロマーリオさんも、一日付き合って下さってありがとうございました。」


『デート』なんて初めてだったから緊張したけれど、純粋に楽しかった。
だから、きちんとお礼を述べたのだけれど、どうやらそれがまずかったらしく。
ロマーリオさん以外全員の視線が、ディーノさんに集まった。


「ボス…!デートにもロマーリオを連れていったんですか!?」


側近さんたちからは呆れたような、そしてナース3人からは軽蔑のまなざしが向けられる。
細雪さんは、信じられない、と言わんばかりに両目を大きく見開いているし、ロマーリオさんは視線をさまよわせた。


「…いや、連れてったけど…。」


「信じられません!フィアンセとのドライブデートに側近を同乗させるなんて!」


「さすがにそれは無いぜ、ボス…。」


目を吊り上げてディーノさんを叱る細雪さん。
側近のみなさんも呆れ顔だし、3人のナースさんたちはヒソヒソと囁き合っている。


「あの…。多分、他のマフィアともめていて危なかったから、護衛のためにロマーリオさんも一緒だったんじゃないですか?」


細雪さんのあまりの剣幕に、フォローを試みたのだが。


「護衛付けるにしても、別乗するとか、あっただろう。」


「何も一緒の車に乗せなくても、なぁ…。」


「ボスは一人で十分お強いんですから、同じ車に護衛を乗せる必要はありませんよ!」


どうやら助けにならなかったようで、今度は私にも細雪さんの激しい口撃が飛んできた。
完全なるとばっちりである。
私は別に気にしていなかったのだが、なんだか思ったよりも大事になってしまった。

徐々にしおれていくディーノさんが見ていられない。


「みなさん、今日はもう疲れたので、私は早めに休もうと思います。医療隊のみなさん、側近のみなさん、ご心配下さってありがとうございました。そしてロマーリオさんも。」


そう言いながら、半ば強引に部屋から追い出す。
最後まで渋っていた、細雪さんを送り出したところで、扉を閉めて、向き直った。


「…すまなかった。」


「私は気にしてませんよ。」


ソファに身を沈めているディーノさんと、立っている私とでは普段と身長差が逆転する。
好機とばかりに、今日一日散々されたのを真似するように、目の前の金色に手を伸ばす。


「楽しかったです。デートなんて、初めてしました。」


気持ちよさそうに目を細める姿が、なんだか大きな犬のように見える。


「初めてのデートが同伴者付きになっちまったな…。」


「そうですね。逆に珍しい体験ができて、良かったんだと思っています。」


帰宅早々、刺客に襲われるわ、みんなから説教されるわ、滅多にない経験尽くしで刺激的でした、と言うとディーノさんは笑った。


が言うと、本当にそんな気がしてくるな。」


頭を撫ぜていた手を取られ、そのまま引き寄せられて、ディーノさんの隣に座った。
助手席と運転席よりも、近い距離に少し戸惑う。


「本当に、ありがとうございました。ワンピースも。短い命でしたが、嬉しかったです。」


「…また新しいのを見に行こう。それより、その言葉遣い。他人行儀すぎねぇか?」


俺達、婚約してるのに、と不満そうに眉を寄せられる。


「わかりまし…わかった。」


「呼び方も。いい加減、敬称は無しにしてくれ。」


なんだか距離をとられているようで、少し寂しいんだ、と言う台詞にイタリア男のDNAを感じる。
よくこんなにスラスラと甘い言葉が出てくるなぁ、と思う。
心臓に悪い。


「…わかった。」


先程から、了承の返事くらいしかできていない。
私の恋愛ステイタスは驚くほど低いのだ。
かたまった私を見て、気を使ってくれたのか、ディーノさ…ディーノは「じゃ、おやすみ」と最後にもう一度私の頭を撫ぜて、立ち上がった。

その、離れていく背中を見て、思わず服の裾を掴んでしまった。

無意識だった。
自分でも驚いている。
けれども、折角呼び止めたのだから、少し驚いたような顔をしているディーノを見上げて、思い切って言葉を紡ぐ。


「おやすみなさい、ディーノ。…デート、また連れていってね。」


語尾はかすれてしまったけれど、きちんと伝わったようで。


「ああ。約束する。」


そう言って微笑んだ婚約者の顔はとても嬉しそうだった。