04
「さぁ、どうぞ。俺の自慢の愛車だ。」
「ランボルギーニ…!」
憧れのスポーツカーにエスコートされ、革張りのシートに身を沈める。
イタリアへ来てから10日経った今日、ようやくディーノさんとのドライブデートが実現することとなった。
久しぶりにディーノさんの顔を見たが、やはり童話に出てくる王子様みたいだ。
なんだかキラキラしていて、隣に立つのが申し訳なくなってくる。
「こうやって、顔を見て話すのは久しぶりだな。」
「そうですね。でも、初日よりはもうだいぶディーノさんのことを知っています。」
「俺もだ。なんか不思議だな。」
細雪さんの提案で手紙を書いて以来、毎日のように手紙のやりとりをするようになったいたので、会うのは10日ぶりでも、私たちはきちんと婚約期間にふさわしくお互いに関する知識を蓄えていた。
好きなもの、嫌いなもの、興味のあるものなどの基本的な情報は、手紙のやりとりで知った。
私を助手席に乗せると、ディーノさんは運転席にまわる。
と、同時に開く後部座席のドア。
乗り込んできたのは、初日の夕食の時に私の『愛人をつくって遊ぶ』発言に盛大に笑ってくれた方だった。
「自己紹介はまだでしたね。どうも、ロマーリオと申します、様。」
「…初めまして。」
「今日はロマーリオも一緒なんだ。」
それでも良いか?、とこちらを伺ってくるディーノさんに頷き返す。
彼はマフィアのボスなのだ。
デートするにも、やはり身を守るために側近を付ける必要があるのだろう。
ディーノさんの運転でなめらかに滑りだしたランボルギーニは、イタリアの遺跡を横目にすいすいと走っていく。
よく友人が、『男の人の車を運転している姿って素敵!』などと言っているのを耳にしたことがあったが、こうして実際に自分が助手席に座って眺めてみると、たしかにその意見に頷ける。
ステアリングを握る真剣な表情がかっこいい。
「そういえば、はイタリアに来るのは初めてだって言ってたよな。イタリアって、どんなイメージなんだ?やっぱり、『ローマの休日』とかか?」
「実は私、観たこと無いんですよね『ローマの休日』。名前は知ってるんですけど。」
有名な映画なので、断片的には知っているけれども、きちんと通して観たことは一度もない。
「イタリアというか、今回のお話を聞いて真っ先に思い出したのは、『ゴッドファーザー』でした。」
こちらは、組のみんなが好きだったので、何度も一緒に観ている。
基本的に、自分から進んでは映画を観ないので、友人や組のみんなに付き合う程度だ。
「はははっ!確かに、ゴッドファーザーの世界だな。」
そう言って愉快そうに笑うと、ディーノさんは車を停めた。
どうやら、レストランの駐車場のようだ。
「さぁ、お手をどうぞ?」
「…ありがとうございます。」
ナチュラルにこうやってレディ扱いされると、なんだか照れてしまう。
うまく目を合わせられなくて下を向いていると、頭を撫ぜられた。
「は可愛いなぁ。」
「…そんなこと、初めて言われましたよ。」
「ジャッポーネは見る目が無いんだな。でも、『初めて』っていうのは純粋に嬉しいもんだな。」
…なんだこの羞恥プレイ。
ロマーリオさんもいるというのに、ディーノさんの『可愛い』攻撃は食事中も止まらない。
(おかげで、ランチのカルツォーネの味が全くわからなかった。)
自分ばかり見られているのは不公平なので、今度は私の方からも観察してみる。
ニコニコと微笑みながら、こちらを見てくるディーノさんは、言われなければ誰もマフィアのボスだなんて思わないだろう。
さらりと流れる金髪に、甘い目元。
細身だが、しっかりと筋肉がついた体。
マフィアのボスという点が一般常識的にはマイナスポイントかもしれないが、そもそも家がジャパニーズマフィアな私からしたら無問題だし、逆に言うとマフィアのボスということは経済力もあり人望もあるということだ。
…つまり、どこからどう見ても完璧。
私なんかの結婚相手としては申し分のなさすぎる、文句を言っては全国の女性に叱られてしまいそうなほど、出来た婚約者殿なのだ。
そんな人にこうやってエスコートされて甘やかされて、ときめかないわけがない。
「ドルチェも頼もうか。まだ食べれるよな?」
長い指でメニューを辿りながらウエイターと話す横顔を眺めながら、気付かれないように溜息を吐いた。
幸せなはずなのに、なぜかもやもやする。
ディーノさんに大して不満があるわけではない。
言うなれば、私自身に大して何か納得できないものを抱えている。
その『何か』が何かはわからないのだが、確かに存在する。
それが澱のように溜まって胸を重くしていた。
◇◇◇◇◇
ランチの後も遺跡を見学したり、靴や服を見立ててもらったりして、観光に連れ回してもらった。
良い香りのする石鹸を二人で矯めつ眇めつしたり、イタリアンジェラートを買ってもらったり。
素敵なデートのお返しに、と通りがかった洋品店でネクタイを選んでプレゼントしたら、思っていた以上に喜ばれた。
「…帰ってきちまったな。」
一日エスコートされて、屋敷に帰宅する。
同じ屋敷で暮らしているのに、なぜか『名残惜しい』と思った。
車を降りるとき、ドアを開けて手を差し出して貰うのにも、今日一日で慣れてしまった。
すっかり馴染んだ大きな手に手を預ける。
車から降りて、玄関に向かって歩き始めた時だった。
「ボス!危ない!!」
振り返ると、こちらに向かって何かがすごい勢いで飛んで来た。
状況判断はできなかったが、『危険だ』ということだけは察知する。
次の瞬間、目の前を何かが横切った。
そうして、細い紐のようなものが飛んできた何かに巻き付き、空中高く押し戻した。
と、唐突に真っ暗になる視界。
体が地面に押し付けられ、ディーノさんに庇われているのだと気付くと同時に、大きな爆発音が響いた。
時間にして、数十秒にも満たなかっただろう。
「…大丈夫か?怪我は?」
驚いて言葉にならなかったので、とりあえず頷いた。
「よかった。けど、服が駄目になっちまったな…。」
先程買ってもらったばかりのワンピースは、地面に押し倒された拍子にところどころ破れたり、汚れたりしてしまった。
折角買ってもらったワンピースが一度しか着ないうちに駄目になってしまったことは確かに哀しいのだが、今はもう一つ差し迫った問題があった。
ようやく出せるようになった声で伝える。
「ディーノさん。」
「どうした?」
「腰が抜けました。」
こうして、私はデートの締めくくりとして長距離のお姫様抱っこをしてもらうことになった。