02
「じゃあは俺のこと、全く知らずに来たのか!」
「名前と、ボスだということ以外は今日はじめて知りました。」
「お前の父親から話は聞いてたけど、随分肝が座ってるんだな!」
そういって愉快そうに笑うと、ディーノさんはワイングラスを傾けた。
美形の外国人は何をやってもカッコよく見えるから困る。
屋敷に到着してほどなく、用意された晩餐の席。
先程から手元がおろそかになっている私の食事は、一向に進んでいない。
「順番がおかしくなってしまったが、俺は結婚の話は前向きに考えていこうと思っている。」
「よかったです。私も、嫁入りするつもりでイタリアまで来たので、返品されなくて安心しています。」
とりあえず、取引は上手く行きそうだ。
心配も解消されたところで、やっとディナーを味えるようになった。
パスタがとっても美味しい。
さすが本場イタリア。
「それにしても、不安にならなかったのか?俺のこと、何も知らずにこっちに来たんだろ?」
「不安じゃなかったと言えば、嘘になります。いろいろ考えました。マフィアのボス、と言うからにはもしかしたら父より年上のおじいさんかもしれないし、結婚は形だけで外に愛人がたくさんいるような人かもしれない、とか。ちょっと不安でした。」
結果としては、同年代の独身男性だったので、何ら問題はなかったのだけれども。
「はははっ!なるほどな!…で、もしも俺に愛人がいたらどうするんだ?」
「いるんですか?」
「いや!いない!もしも、の話だ!!」
なるほど、その可能性がまだ残っていたか、と思って聞き返すと、慌てて否定された。
あまりの慌てっぷりに思わず凝視してしまうと、照れたのか頬が赤く染まった。
なんだか可愛らしい人だ。
「もし、ディーノさんに愛人がいても、結婚はしてもらいます。その代わり、無理に私を愛してくれとは言いません。」
「形だけの夫婦ってことか?」
「そうですね。籍を入れて、形だけ夫婦になってくれれば、後は何も文句は言いません。」
組とキャッバローネの結びつきが確実になりさえすれば、別に結婚に愛が無くても構わない。
そもそも、私にはあまり結婚願望がないのだ。
今回のお話をあっさり受けることが出来たのも、恋愛経験がほとんど無い上に、大して『恋愛したい』という欲求が無かったからだ。
基本的に、淡白な性格なのである。
「…けど、それはお前、あまりにも哀しくないか?」
もしもの話なのに、真剣に考えてくれているようで、ディーノさんの表情が曇った。
マフィアのボスの割に、優しい人らしい。
「大丈夫です。文句は言わないとは言いましたが、大人しくしているとは言ってません。干渉しない代わりにお小遣いをたくさんもらって、私も愛人を作って遊び回るつもりでした。イタリア人男性は恋愛に奔放だと聞いたので、お金さえあれば相手にも不足することはないでしょうし。」
ディーノさんは勿論、背後にいた二人の側近も、面白いほどポカンとした表情を浮かべた。
どうやら、私の発言は予想外だったらしい。
一瞬遅れて大きな笑い声が響く。
「ッハハ!ボス!これはまた凄い嫁さんを貰いましたね!」
「さすがジャパニーズマフィアのボスの娘だけあるぜ!」
私の返答はキャッバローネファミリーの皆様のお気に召したらしい。
「…あー。?それって俺に愛人がいたら、の話だよな?」
「はい。ディーノさんには今、愛人や恋人はいないんですよね?」
「いない!愛人なんて作るつもりすら無い!」
「それなら、今のところ私も遊びまわる予定はありません。」
きっぱりと告げると、安心したような溜息を吐かれた。
心配していたようなことが無いのなら、私だって別に自らすすんで不貞を働く気はないのだ。
「それを聞いて安心した。これから、よろしくな。」
「こちらこそ。よろしくお願いします。」
改めて、グラスを掲げて乾杯する。
目の前で綺麗な金髪がさらりと揺れた。
◇◇◇◇◇
その後、お互いに聞きたいことを聞いたり、この屋敷での生活について説明してもらったりして、時間はあっという間に過ぎていった。
そして驚くことに基本的にキャッバローネの人たちはみんな、日本語がわかるらしい。
ディーノさんの日本語がとても流暢なのは先程の会話で実感したけれど、まさかファミリーのほぼ全員が日常会話程度なら支障がないレベルとは思わなかった。
言葉の壁を心配しなくても良いというのは、気分的に凄く楽だ。
しかしそれでも、やはり慣れない国だと不安だろう、ということで私付きに日本人メイドさんを一人、回してくださるとのことだった。
至れり尽くせりとはまさにこのことである。
「初めまして、様付きになりました細雪です。よろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
細雪さんは、40代くらいの優しそうな人だった。
ディーノさんがまだ小さい時は日本語を教えていたこともあるらしい。
「だからなんだか、息子が結婚するみたいで嬉しくて。ボスのこと、よろしくお願いしますね。」と、柔らかく微笑んだ細雪さんは本当に嬉しそうで。
ディーノさんもキャッバローネの人たちもとても良い人ばかりで、なんだか組のみんなを思い出す。
勢いだけで来てしまったイタリアだったが、なんとかやっていけそうだ。