俺には同い年の従兄がいる。




005:幼きリヴァイアサン





忘れもしない俺が小学校に入学する年。

初対面の従兄とこれからしばらく一緒に暮らすことになった、といきなり言われて戸惑わない訳が無かった。

とにかく早く親しくなりたい一心で、帰国したばかりの涼丞を質問攻めにした俺は、今思えば相当鬱陶しかっただろう。

それでも嫌な顔一つせず、むしろ笑顔で答えてくれた従兄は想像以上にすごいヤツだった。







「新藤さん、そっちは重いから俺が持つよ。」




「手が汚れるよ。そこはやっとくから。」



「これが取りたいの?はい、どうぞ。」






本場仕込みのレディファーストと整った顔立ち、おまけに帰国子女で英語がペラペラ。

追いかけても追いかけても引き離される、完璧な存在。

幼かった俺にとって涼丞はいつしかプレッシャーとなり、自然と距離を置くようになった。

それでも俺とコミュニケーションを取ろうとする涼丞に罪悪感も湧いたが、プライドが邪魔をして決して歩み寄れない。

そんな俺の意識が変わったのは、小学五年生のときだった。







「清純のクラスもそろそろテストだろ。勉強しといた方がいいぞ。」




「いいよ。勉強しなくても平均点くらいは取れるから。」



「そう言う考え方はよくない。」



「涼丞には、俺の気持ちはわからないからそんな事が言えるんだよ。」






いま思えばそれはくだらない妬み嫉みの混じった子ども染みた台詞だ。

今まで激しい感情を見せたことの無い従兄が俺の言葉で怒ればいい、そう思った。

けれども、涼丞が見せたのは怒りではなく悲しそうな表情。







「確かに俺には清純が何を考えているのかわからないから、避けられている理由も知らない。俺に非があったなら謝るし、気に入らないならこの家から出て行くことも考える。だからちゃんと話してほしい。」






いくら完璧な涼丞でも、理由もわからず従弟に避けられて傷つかない訳は無い。

自分が思っていた以上に酷いことをしていたのだと言う、今さらの自覚に胸が痛む。







「非なんてないよ。涼丞は何でも努力なしでこなしちゃうから、何の取り柄もない俺は頑張るのが馬鹿らしくなっちゃっただけ。そのくせ嫉妬して冷たく当たってたんだよ。」





改めて口に出すと、本当に俺は嫌な奴。

結局は努力もしないで八つ当たりをしていただけなのだ。

きっと涼丞には嫌われてしまっただろう。

そう思って見上げた従兄は優しく微笑んでいた。







「俺は清純の良い所をたくさん知っている。例えば、他人のことをよく見てさり気なく気遣っているところとか、自分のことを客観的に見て分析できるところとか。まだ四年と少ししか一緒にいないけれど、俺は清純の雰囲気や考え方は好ましいと思う。」






静かに淡々と与えられた言葉は確かに俺を見ていてくれた故のもので。

つまらない意地を張っている間も、従兄は俺を見て評価してくれていた。

情けなさと嬉しさで視界が滲む。







「清純が俺の何を凄いと思ったのかは知らないが、努力なしでこなしているわけではない。努力しているところを誰にも見せたくないから、覚られないだけだ。こう見えて結構見栄っ張りなんだよ。」



「じゃあ、俺には努力してるところ見せてよ。」






涼丞が俺の事を見てくれていたように、俺も涼丞の姿をきちんと見たい。







「清純も一緒に努力してくれるなら考える。」






そう言った涼丞は意地悪そうに笑っていた。

こんな風に、いろんな表情が引き出せればいいと思う。

今度は表面だけじゃなく、この従兄のことを知って行きたい。







「望むところ。俺が本気出せばあっと言う間に追い抜かせるよ。」




「俺も簡単には抜かされる気はないけど、楽しみにしてる。」




結局、その時はそんな軽口しか叩けなかったんだけど。











「と、言うわけで六年目の誓い。千石清純は藤堂涼丞の良きライバルとなります。」



「なにが『と、言う訳』なのか全然わからない。清純の話には脈絡が無さすぎるんだ。」




相変わらず完璧な従兄は呆れたように呟いた。

あれから一年経っても俺が涼丞を追い抜かせるようなことは無かったが、今なら自分に自信が持てる。

意地を張らずに一緒に勉強をするようになってからは成績もあがったし、自然とフェミニズムもうつってしまった。





「過去の俺が迷惑かけてスミマセン、ってことだよ。俺、涼丞には感謝してるし、いつかライバルとして認められたいんだよね。」





今は追いかけているけれど、いつか隣に並んで立ちたい。

藤堂涼丞はそう言う魅力のある人間だと思う。






「迷惑なんてかけられた覚えが無いし、俺も清純には感謝してる。それに、ずっと前からライバルだと思ってる。」



照れているのか、早口になりながらも俺の言葉にひとつずつ返事を返す。

どんな些細な言葉にも返事を返すのは、この一年で俺が見つけた涼丞の美点のひとつだ。






「嬉しいことを言ってくれるね!さっすが、同性にもモテる男、藤堂涼丞!」







結局、今度も照れて茶化すことしか出来ない俺だけど。

これからも涼丞からいろいろなことを吸収して、もっと自分を磨きたい。





兄弟では無いが、友達よりは近い。

その微妙な距離感が俺達には丁度良い。








Reflection

キヨ視点。
きっと行き成り完璧な同性の従兄(しかも同い年)が現れたら屈折したくもなるよね、っていうお話。
この二人はライバルであり、理解者。
依存ではなく、お互いの事を認め合っている存在です。
こう言う男の子同士のさっぱりした関係は良いと思う。


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