夏の風物詩。













浴衣は三割増。(当社比)









019:浴衣、綿菓子、かき氷。











「じゃあ、期末の試験結果を返却します。」







窓の外では蝉が鳴きはじめ、日が沈むのも遅くなりました。


とうとうやってきます、夏休み。


その前の関所である期末テスト。


先週行われたそれの結果が今、まさに返されたのですが。








「はぁ、イヤだなぁ。いいよねは頭いいもん。俺はハードな部活に精神をすり減らしたせいで、去年よりも順位下がってた。」








そう隣で文句を言いつつ、配布されたばかりの夏休みの諸注意にぐりぐりと落書きを続けているのは黒木くん。


絵自体は上手いとは言えないのに、妙に特徴を捉え過ぎた似顔絵が次々とプリントの余白にできあがっていく。








「ひょっとして、その泣きぼくろのついた偉そうな顔の犬は…」




「内緒にしといてね。」








私は学校の定期テストでは手を抜かずに全力で取り組んでいる。


というのも、私達が入学した年から『生徒のプライバシーを保護する』とか言う理由で成績上位者の名前掲示が無くなったからだ。


人生二度目な私からしたら、いくら難関校とは言え、中学のテストは余裕だ。


全力を出せば、トップを狙うのはそうそう難しいことではない。


現に、今返された成績表にも『1』の数字が堂々と刻まれている。






しかし、こうやって全力を出すためにはもう一つ、ある前提が必須条件となる。








「ああ。跡部は今回も一位だったって言ってたよ。」








そう、跡部景吾も満点で一位をとっていること。


これが条件だ。


きっと同率一位がもう一人いるなんて夢にも思っていないだろう。


跡部景吾が満点を取り続ける限り、私も存在を認識されることなく、良い成績を修めることが出来る。








「で、も一位だったんでしょ?」




「当たり前。私、負けず嫌いなの。で、そう言う萩は?」




「俺?結構頑張ったよ。ほら、4位。これって実質は3位ってことだよね。」








私と跡部景吾が同率1位なので、本来2位だった生徒は繰り下げて3位となる。


つまり順位が一つずつ下がってしまうわけで。








「俺も本当は10位だったんだな。って言うか、これもそこそこ良い順位のはずなのに、周りの人間の頭が良すぎて劣等感を感じずにはいられねぇんだけど。」




「「ドンマイ。」」




「余計に腹が立つからお前ら黙れ。跡部にのことチクるぞ。」




「ごめん、亮。お願いだからそれは止めて。わたし、あんなに濃い人たちとは関わり合いになりたくない。」




「お前、ますます口が悪くなってるぞ。」




「夏休み中、その濃いメンバーとほぼ毎日顔を合わせるんだけど、俺達。」




「頑張れ、二人とも。大阪から応援しとく。」




「ああ、そう言えばは夏休みは大阪に帰るって言ってたな。いつから帰るんだ?」




「あさって。」








今年は両親が忙しいので、私ひとりで光の家にお世話になることになった。


本当は8月に入ってからゆっくりと訪問する予定だったのが、伯母さんの押しに負けて夏休み開始すぐに大阪へ飛ぶことに。


…いつ帰って来れるか不明です。








「お土産、楽しみにしてるからね。」




「わかった。萩には通天閣ストラップ、亮には五色どら焼きを買ってきてあげる。」




「いいけど、お前のセンスを疑うぞ。」




















そんなこんなで帰って来た大阪。


新大阪まで迎えに来てくれた光は、身長が伸びてまた一段と男らしくなってました。


駄目だ。自然と顔がゆるむ。








「久しぶりやな。」




「うん。会いたかったよ、光。」




「…あほ。あっついからはよ家行くで。」








ひったくるように私の手からキャリーを奪ってスタスタと歩きだしてしまった。


けれど、それは照れ隠しだと知っているから、黙って着いていく。


まだじっくり顔が見れてないのが残念だなぁ、と思いながらも久しぶりの大阪についつい周囲の景色に目が行ってしまう。








「あんまキョロキョロしとったら、はぐれてまうわ。ほら。」








そう言って差し出された手は前よりも大きくて、皮膚がかたくなっていた。


指を絡めてしっかり握る。


景色よりも、何よりもこの感触が私に『帰って来た』と実感させる。


















「よう来たなぁ、ちゃん!また一段と綺麗になって!もう、会いたかってんで!ゴールデンウィークは帰って来てくれへんかったから!」








家に着いたら今度は伯母さんからの熱烈大歓迎。


玄関先でぎゅうっと抱き締められて、あれよあれよと言う間にリビングへ連行される。


冷たい緑茶をいただきながら、お互いの近況報告。


光のギターが上達したこと、伯母さんが料理教室に通おうか検討中なこと、伯父さんの帰りが最近遅いこと。


最後のはほとんど愚痴だったものの、久々に楽しいひとときを過ごしました。


気が付けばあっと言う間に夕方。時間が経つのは早い、と感慨に耽っていると、伯母さんがふと思いついたように言いました。








「せや。今日、ちょうどここらでお祭りやってんねん。ちゃん、光と行ってこおへん?」








それからの展開は早かった。


あっという間に伯母さんの浴衣に着替えさせられ、(「ちょっと柄が古いけど堪忍な!」)同じく伯父さんの浴衣に着替えさせられた光の待つ、門の外に放り出された。


…うん、あれはまさに放り出されたが適切だった。








「…はぁ。取り敢えず、せっかくやから行こか、祭り。」




「うん。お祭りとか久しぶりやなぁ。」




「去年はなんやかんやで行けへんかったしな。」








会場に近付くにつれて、露店も増えて人も多くなる。


そうするとわくわくしてくるのがお祭りの魔力で。








「光、かき氷食べたい。」




「ええけど。何味がええん?」




「宇治金時ミルク。」




「すいません。宇治金時ミルクふたつ。」








ガリガリと音を立てて削られていく氷。


カップに半分くらいになった氷に、薄緑のシロップがかけられ、再び氷がのせられ、さらに薄緑のシロップ。


最後に小豆と練乳がかけられ、ストローに切り込みを入れた、あの独特なスプーンが刺される。








「ん。どっちがええ?」




「じゃあこっち。ありがとう。」








サクサクと緑色の山を慎重に崩して、口に含む。


やわらかい甘さと冷たさが広がって、お祭りだなぁ、と言う気持ちにさせる。








「おいし。これ食べたら次は綿菓子がええなぁ。」




「甘いもんばっかやんか。」




「あかん?」




「…ちゃんとメシ食ったら買うたる。」




「わかった。じゃあ、たこ焼きにする。」








どっちが年上かわからないような会話をしつつ、たこ焼きの屋台を目指して歩いていると、唐突に大きな声が響いた。








「あれ?なぁ、財前とちゃう?」




「ほんまや、光ちゃんや!ひーかーるーちゃーん!」








最初は逃げてしまおうとしていた光だったが、集団のうちの一人が物凄いスピードで近づいて来るのを見ると、観念したのか小さく舌打ちをして、私を自分の後ろに隠した。


此方側の方がうす暗いせいで、集団のほうは陰になっておぼろにしか見えない。


背格好から恐らく光の中学の知り合いだと思うけれど、それにしては光の表情が不機嫌すぎる。


もしかして、もしかすると…








「財前!俺らが誘った時は拒否しよったのになんでおんねん!」




「せや!せっかく小春が誘ってくれとったのに!」




「アタシ、光ちゃんとお祭り行くの、楽しみにしとったのに!」








金髪の男の子と黒髪の男の子が光に恨みごとを言い、坊主頭の子がくねくねしながら拗ねる。


私の予想が正しければ四天宝寺のレギュラーたちだ。


忍足謙也、一氏ユウジ、金色小春。


そして、少し遅れてやってきたのが。








「こんばんは、財前。邪魔して堪忍な。せやけど、水臭いで?デートならデートって言うてくれたらええやん。」




「…白石部長。」








四天宝寺の聖書、白石蔵ノ介。


原作通り、二年から部長だったんだなぁ。


っていうか、光が必死に隠してた私の存在をあっさりバラしたよ。


しかもめちゃめちゃ誤解されています。








「ででで、でーとぉ!?ざ、ざいぜん、ほんまか!?」




「ひどいわ!光ちゃん…アタシと言うものがありながらっ!!」




「小春!浮気か!」








あまりにもテンションの高すぎる四天宝寺メンバーにびっくりです。


もう完全に光は彼女と浴衣でお祭りデートをしていた設定になってしまっている。


『この年で従姉とお祭りなんて恥ずかしい』から隠したのであろう、光の努力が全て無駄。


それどころか、余計に言いだしにくい状況を作り上げてしまっている。








「せっかくやし、隠しとらんと紹介してくれへん?」








聖書、容赦なさすぎる。


ここは空気を読んで、さり気なく立ち去るべきかな、いやそれじゃあ光がひとりになって余計に惨めだ。 いや、最初からいなかった、むしろ部長さんが幻覚を見たんだろう、って押し通せば大丈夫なんじゃ…なんて意味不明なことを考え出すあたり、私も結構焦っているらしい。



依然としてニコニコ笑いながらこちらを見つめる四天宝寺メンバー。


このままでは埒が明かないだろう。


とうとう押しに負けてしまった光は、私の腕を引くと、背後からぎゅっと抱き締めた。


急に視界が明るくなったせいで、目が開けられない。


やっとの思いで明かりに慣れて目の前のメンバーたちの顔を見ると、皆一様にポカンとしている。


さっきまでは余裕で光をからかっていた部長さんでさえ、黙ってしまったままだ。


…奇妙な沈黙を作ったのは自分の従弟だという自覚があるので、ここは私がなんとかしましょう。








「初めまして。です。年は光の一個上です。四天宝寺のテニス部の方ですよね?いつも光からお話聞いてます。」




「あ、ああ。部長の白石蔵ノ介です。財前の一個上、ってことは同い年やから敬語やなくてええよ。」




「うん。じゃあそうさせてもらうね。よろしく。」




「やーん!カワイイ!アタシは金色小春。こはるちゃん、って呼んでね!」




「お、俺は忍足謙也や。よろしくな。」




「…一氏ユウジや。」








取り敢えずこれで全員の名前をゲット。


知っていても不自然ではなくなった。


けど。


後ろで不機嫌オーラ垂れ流しな光が物凄く気になるんですけど。








「アタシ、ちゃんともっとお話ししてみたいわ!せっかくやから一緒に回りましょ!いいわよね?蔵リン!」




「俺はええけど、どないする?」




「せっかくやけど、今日は光と回りたいから。小春ちゃん、ごめんね?」








そう言うと、後ろのオーラが少し和らいだ気がした。


よかった。


間違ってなかったらしい。








「そーいうことなんで。じゃ、先輩らは先輩らで楽しんどってください。行くで、。」




「みんな、またね!」




ちゃん、またゆっくり話しましょうね!」








光にぐいぐいと引っ張られながら、人ごみをすり抜けていく。


辿り着いたのは神社の石段。


すっかり溶けてしまったかき氷のカップを横に置いて、光が小さく手招きする。








「あの人ら、部活の一個上の先輩やねん。」




「うん。」




「悪い人らやないねんけど、どうやって接したらええんか、ようわからん。」




「今まではあんまり周りにいなかったタイプやもんね。」




「嫌いやないけど、苦手や。」








これまで、他人と無駄に接触することを避けて来た光にとって、邪険にしても自分に構い続ける彼らの存在は、困惑を誘うものなのだろう。


けれど、私はもっと光の世界を広げて欲しい。


大切なものを、増やしていってほしい。








「良さそうな子たちだった。光を安心して任せられると思うくらいには。」




「あんな会話でわからんやろ。」




「でも、光が本気で嫌がる範囲には踏み込んで来ないでしょ?」








さっきも、無理に引きとめたり、光の作った距離から近づいてきたりはしなかった。


きっと光が自分から歩み寄っていくのを待ってくれる人たちだと、そんな気がしたのだ。








「…まぁ、テニスに関しては尊敬したってもええ。」




「意地っ張りやなぁ。今度はゆっくりしゃべれるとええなぁ。」




「それはあかん。」




「光のけち。そんなに従姉が恥ずかしいか。」




「…はぁ。あほ。」


















手を離す準備は、少しずつ始まっている。












Reflection




であっちゃった!


大好きな四天宝寺のメンバーです。


時期的に、まだ金ちゃんはいないです。


そして、師範を出したかったのに、台詞が無いせいで空気に。


涙をのんで、今回は諦めました。


次に四天メンバーを登場させるときには必ずや…!




そして、独占欲の強い光が書きたかったのに失敗しています。


ヒロインの強すぎる母性のせいですね!(いや、お前のせいだ。)


もっと糖分の質をアップしたいです。




REPLAY
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