入道雲に変わって鰯雲が見られる今日この頃。
氷帝学園に新しい生徒会長が誕生しました。
「なんて言うか…彼はとことん頂点を目指す子なんだね。」
氷帝学園中等部では生徒会選挙は年二回行われる。
前期の生徒会役員は四月に、後期の生徒会役員は九月に選出され、原則として中等部の生徒なら誰が立候補しても構わない。
そう。投票で決まったのなら、会長が一年生でも構わないのだ。
「つーか俺なら考えらんねー。テニス部の部長だけでも結構ハードなのにわざわざ自分から面倒事被りに行くなんてな。」
「自分の上に人がいるのが嫌いだって言ってたからね。」
「うん。なんか見ててそんな感じはひしひしと伝わってくるよ。それなのに、努力は人に見せたくないってタイプだよね。」
実際、跡部景吾は日々努力を怠らない。
一年生にして、膨大な数のいる氷帝テニス部のトップを務めるということはそんなに簡単じゃない。
「まぁでも、当選は確定事項だったよね。」
「うん。只でさえあんなに跡部景吾なのに、対抗馬がゼロなんだから。」
「お前…。跡部の名前を形容詞みたいに使うなよ。」
亮に窘められながらも、私と萩は好き勝手に選挙のことを話す。
第一印象と違わず、亮は律義にボケを一つ一つ拾ってくれる理想的なツッコミだ。
萩はときどき天然か確信犯かわからない時があるけれど、一を聞いて十を理解できるだけの頭の回転は話していても楽だ。
なんだかんだで結局、跡部景吾の恋人騒動が下火になった今も、茶道部部室で三人揃ってのお弁当タイムが習慣になっている。
「早いよね。中等部に上がってもうだいたい半年でしょ?」
「ああ、そうだな。」
友達もできたし、先輩もできた。
数は少ないけれど、少数精鋭なんです。
そう言ったら、お母さんが一度萩と亮に会いたいって言ってたな。
たぶん私のことが心配だ、と言うのが半分。もう半分は単なる興味。
でも、私としては紹介することに抵抗は無いわけで。
「あのさ、確か今度の土曜、部活午前で終わるって言ってたよね?」
「そうだよ。コート整備を業者に頼むらしいよ。」
私の質問に答えた萩は、相変わらず美しい箸さばきできんぴらをつまんで口に入れた。
対する亮は既に食べ終わっていて、若干眠そうだ。
不意の思いつきだったが、午後から空いているなら丁度いい。
「じゃあその日、私の家に遊びに来ない?」
あの後、二人から承諾は貰ったものの、肝心なことに気が付いた。
二人とも私の家の場所、知らないんじゃ?
残念ながら家周辺には、目立つような目印は全く無い。
表札の苗字を覗きながら、住宅街の一戸建てに辿り着くのは辛いだろう。
と、言うわけで現在、用もないのに学校に来て、交友棟の二階でアイスティーを飲みながら、テニス部が終わるのを待っているわけなんですが。
ギリギリ誰が打っているのかわかる、という程度にしか部員を判別できない距離にあるこの交友棟にファンの姿は無く、結構快適に見学できる。
私は打っている人間の顔には興味が無いので、野球盤のテニスバージョンみたいな視界で十分満足だ。
ここから見ても跡部景吾のテニスプレイは際立っていて、さすがテニス部を束ねるだけはある、とわかりもしない癖に偉そうに考えていると、この半年ですっかり聞きなれた声。
「ちゃん、休みの日に学校で会うなんて珍しいわね。何か用事でもあったの?」
ふんわりとした巻き髪をゆらしながら、優雅な足取りで此方にやって来る那智先輩の隣には見たことのない男子生徒。
男の子にしては甘やかな顔立ちだが、しっかりした肩幅やスッと伸びた背筋が、決して弱弱しい印象は与えない。
なんていうか、一言で言うとアイドル系な顔立ちの上級生だ。
「この子が桂木の言ってた後輩か。はじめまして。僕は二年の白石です。よろしくね?」
「こちらこそよろしくお願いします。茶道部一年のです。」
外見通り、人当たりの柔らかい人だ。
ご一緒させてもらっても構わないかな、なんて確認をとって席に着くような芸当、前世の中学時代の男子は誰一人できてなかったぞ。
こう言うとき、氷帝の子はいわゆる『いい所の子』だと再確認する。
亮と萩も、一緒に過ごすようになって観察してみると、きちんと躾けられて育ったことがわかる。
「この席からはテニスコートがよく見えるね。」
「言っておくと、私の可愛いちゃんは新生徒会長のファンじゃないわよ。観察対象なだけ。」
一瞬、意外そうな顔をした白石先輩だったが、すぐに意味ありげな笑みを浮かべる。
「じゃあ、もし良ければ観察の成果を聞かせてほしいな。」
私がいつ、跡部景吾を観察しているなどと言ったんだ。
那智先輩に視線で訴えたものの、モカフラペチーノでガードされた。
なんて長ったらしい名前!と、意味の無い八つ当たりをしながらも、側頭部に突き刺さる白石先輩の視線が痛くて無視できません。
傍から見れば仲良くお茶する先輩後輩の図だが、私にとっては面倒なことに巻き込まれた感が否めない。
跡部景吾の話題は、いつどんな風に広まるかわからないのだから。
そんな私の懸念を読み取ったのか、白石先輩は決して他言はしないと約束してくれた。
「まず、彼の能力は素直に認めます。テニスの腕も、素人目に見ても素晴らしいと思いますし、一年生で生徒会長に立候補して、当選するだけのカリスマ性もあります。勿論、学業も怠っていません。」
ぬるくなったアイスティーを含んで一度喉を潤した。
グラスから滲んだ水滴がトレイに水溜りを作っている。
「それを本人も自覚していて、プライドも高い。しかしそれが色々とネックになっていて、決して『完璧』では無いかと。」
「どうしてそう思ったのか、聞いても?」
「新しい技術を習得する方法に『シャドーイング』という方法があります。
名前の通り、影のように張り付いて観察することで人の技術を自分のものにする方法です。
大多数の生徒は無意識的であれ、一年生のうちに学校生活全体のことをシャドーイングで習得しています。」
部活や委員会で、先輩が仕事をする姿を見ることで徐々に自分のものにしていく。
その過程で経験を積んだり、至らないところを注意して貰って直したりして、一年経てば今度は自らが教える立場に回る。
「しかしながら、彼にはその時間が無かった。入学直後、先輩たちを全員破っていきなり部長になってしまったからです。
その上いくら実力主義とは言えども、強引な手段で蹴落とされてしまった上級生たちが、彼の経験不足を補うために積極的に協力してくれるとは思えません。」
実際、跡部景吾とテニス部上級生の間には、テニス部員でしか気付けない程度ではあるものの、溝があるらしい。
部長に就任してから誰かに頼るわけでもなく、手探りでテニス部の采配を取っていた、と萩が言っていた。
「もっと円滑にすむ方法もあったはずなのに、そちらをとらなかった時点でまだ甘いです。わかっててやったのなら尚更。」
「それは、さんは跡部くんに否定的だ、ということ?」
「いいえ。とんでもない。どちらかと言うと肯定的です。まだ完璧じゃない、伸びしろがある、というところが彼の魅力だと個人的には思っていますから。」
私がそう言いきると、白石先輩は綺麗に微笑んだ。
さきほどまでの意味ありげな笑顔とは違う、自然とでた感じの笑顔。
「なるほど。見てる子はちゃんと見てるんだね。安心したよ。」
なんで白石先輩が安心するんだろう、なんて疑問に思う。
するとまるで私の心を読んだかのようなタイミングで、那智先輩によって爆弾が投下された。
「テニス部の先輩としては、自分の可愛い後輩が周りからきちんと評価されているのか気になるわよね?」
だまされた。
一言もテニス部じゃないとは言ってなかったから、私が勝手に騙された気分になっているだけなんだけど。
「どうしても気になってね。お節介だと分かってても放っておけないんだよね。安心して。テニス部のみんながみんな、跡部に反感持ってるヤツばっかじゃないから。」
そう言ってテニスコートの方を見つめる白石先輩の目は優し気に細められていた。
「言ったでしょ?ちゃんは可愛い上にしっかりしてて、頭も良い、自慢の後輩だって。」
対抗して自慢する那智先輩の目も、白石先輩と良く似た優しい色を写している。
それが無性に嬉しくて。
だから嵌められたとしても、もういいや。
「那智先輩も自慢の先輩ですよ。」
「なんて嬉しいことを言ってくれるの!可愛い子!」
「いいなぁ。僕も今度後輩を褒めてみようかな?」
Reflection
先輩たちと仲良し。
白石先輩は、四天宝寺の聖書とは無関係です。
後輩を影からさり気なくフォローする先輩、素敵。
ヒロインちゃんの考察部分は長くなりすぎたので大分カットしました。
それでも長ったらしい…。すっきりまとめたかった!(泣)
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