もしかしたらボイコットするかもしれないと心配したけれど、宍戸は呼び出しに従ってきちんと茶道部部室に来た。
いつもの定位置に座り、それぞれ弁当を広げる。
食事中、誰ひとり口を開かなかった。
宍戸はうつむいたままだし、に至っては何事もなかったかのように、いつもどおり優雅に昼食を摂っている。
今回、話はに任せて俺は傍観を決め込むつもりでいる。
全員が弁当を食べ終えるまでの時間が、いつもの倍以上に感じられた。
居心地の悪い思いをしている宍戸や鳳とは対照的に、いつも通りマイペースにお茶を淹れたは、湯のみを置くと、ぱちん、と手を一度叩いた。
「よし。では反省会を始めます。」
何を言われたのかわからない、というような顔でぽかんとしている宍戸に、は器用に片眉を上げてみせた。
「今までも試合の後は、全く以て話のわからない私のことなんか気にも留めずにしてたでしょ、反省会。」
確かに、いつからか試合の後は茶道部部室で内容を振り返るのが恒例となっていた。
「...それも、もう必要ない。」
「どうして?」
「俺が負けたせいで氷帝は都大会優勝を逃した。」
いっそ清々しいほど落ち込んで、卑屈になっている宍戸に若干腹が立つ。
こう見えて、俺はそれほど忍耐強い方じゃない。
...に任せて良かったと思う。
「でも、コンソレーションで残れば関東大会には進出できるんでしょ?」
「氷帝の方針は敗者切り捨てだ。負けた俺にテニス部に残る資格はない。」
あまりにも投げやりな宍戸の態度に、の纏う空気が僅かに不機嫌なものになった。
「…それで?亮はテニスやめるの?」
「なっ!」
勢い良く顔を上げた宍戸は、自分に向けられたの表情に口をつぐんだ。
これまで見たことのないほど冷たい目。
それがまっすぐに宍戸に向けられている。
「敗者切り捨て、っていうけど敗者の定義なんて人それぞれ。試合で負けて、その上気持ちまで負けたらそりゃあ、切り捨てられて、それでおしまい。」
辛辣な言葉に、鳳の肩が揺れた。
畳に置かれた宍戸の拳に力が込められて白くなっている。
「確かに亮は今年、もう試合に出れないかもしれない。けど、テニスが好きで、まだ続ける気があるんなら、落ち込んでないでもっと強くなるための努力をする方がよっぽど有意義なんじゃないの?試合に出れないからテニスはやめる、だから練習しない、っていうなら止めないけど。テニスを続けるなら、反省しながらでも練習はできるでしょ。」
は宍戸のことをまっすぐに見ている。
口調は厳しいが、その目は優しい。
宍戸、俺達はみんな待ってるんだよ。
「…テニスは、やめない。」
静かに顔を上げると、宍戸は一言、そう呟いた。
「負けた。その事実に変わりは無い。あの日の夜は罪悪感と悔しさで眠れなかった。」
握り締められた拳が、みしり、と畳に押し付けられて音を立てる。
「今も、悔しい。」
確かに、相手はあの九州二翼の橘で、相当の実力の持ち主だった。
けれども、奢る気持ちがあったのも確かなのだ。
都大会は調整段階で試合に出ても十分に勝てるだろう、と高をくくって甘く見ていた。
だからこそ、余計に悔やまれるのだ。
「俺は、強くなりたい。例え試合には出られなくても。」
そう言った宍戸の顔は穏やかだった。
漸く、気持ちの整理ができたのだろう。
「さて。それじゃあ、本題に移りましょうか。」
ふんわりと笑ったの発言に、それぞれ目を丸くする。
「本題って、宍戸さんのことじゃなかったんですか…?」
不思議そうな鳳には悪戯っぽく微笑んだ。
「反省会、って言ったでしょ?反省を活かして、次の対策を練るまでが反省会。」
一度言葉を切ったの視線がこちらに投げられる。
「と、いうことで、これから宍戸亮強化プランを練ろうと思います。作戦参謀に、任命されてくれる?」
小さく首を傾げるの隣で、いまだ目を見開いたままの宍戸が少し愉快だ。
…俺は彼女のこういうところに惹かれるんだ。
「仕方が無いなぁ。俺以外は頭脳戦は苦手だからね。…当の宍戸なんて特に絶望的だし。引き受けてあげるよ。」
これでも俺は、友人としても、チームメイトとしても、宍戸のことを買ってるんだ。
「俺もできる限りのことはお手伝いしますから!」
さっきまで縮こまっていた鳳も、楽しそうに参加を表明する。
「と、いうことでプロジェクトメンバーが揃ったわけですけれど、亮は参加する?」
「…勿論だ。ありがとう。」
そう言って、宍戸は頭を下げた。
その頭をの細い指が滑る。
俺も倣ってかきまわすと、やめろと叱られた。
宍戸、俺はお前が少し羨ましいよ。
に真剣に心配してされて、こうやって成長していける宍戸がうらやましい。
もしも試合で負けたのが俺でも、は同じように心配して、背中を押してくれたと思う。
それでも、やっぱり少しくらい嫉妬するのは許して欲しい。
けれど、
「萩に特訓メニューを組ませたら、きっと明日から大変だよー。」
「うん。宍戸相手に甘いことをするつもりはないからね。」
「…望むところだ。」
いつものやりとり。
それがたまらなく居心地良い。
だから、もう暫くはこのままで。
この距離感のままでいたいんだ。
Reflection
ずっと書きたかった部分です。
ここから一気に行きます。
REPLAY
Copyright c 2012 Minase . All rights reserved.