敗北と嫌悪










「ゲームセット!ウォンバイ橘、シックスゲームストゥーラフ!」


それは嘗て「読んだことのある」光景だった。




009:挫折 
【藤堂涼丞】





宍戸亮が橘桔平に負けた。


それは氷帝が不動峰に敗北したことを意味する。
「世界を観察する」というNOVAの目的をカペラから聞いた時から、うすうす予想していたことがある。


――俺やαの介入で世界がどれだけ影響を受けても、試合の勝敗は変わらないのではないか――


今、俺はこの世界で生きている。
しかし前世で読んだ 「原作」の記憶もはっきりと持っていて、そこでは主人公は越前リョーマであり、リョーマの所属する青学の優勝で話は幕を閉じた。

主人公、というのは物語の要であり、言わば世界の中心だ。

それはどんなに世界に変更を加えられても変わらないのではないだろうか。
主人公を主人公たらしめるために、「青学の優勝」という事実は変わらないのでは?

だからこそ、俺は自分でテニスをやらなかった。

たとえ自分の実力で勝敗 が決まったとしても、そこに何らかの力が働いているのではないかと疑ってしまう。
たとえ勝っても負けても、原作を知っている限り納得できない。
だから頑なにテニスから離れた。

原作通りに進んでいる物語。

キヨのように関わった人物の性格は変えられても、やはり試合の結果や流れには影響しないのか。

試合が終わってもなお、コート内で放心したようにぼんやりとしている亮。
あれは鳳だろうか、近寄ろうとしているのをおそらく滝が引き留めた。
今は誰にも話しかけられたくないだろう。
俺も声をかけずに今日は帰ろう、と思った時だった。


「宍戸くん!」


嗚呼。
なぜ、彼女はこんなにも俺を不愉快にさせるのだろうか。


「宍戸くん、確かに今回は負けちゃったけど、でも、諦めないで。私、宍戸くんはまだ頑張れると思う。」


それは彼女にとっては励ましの言葉なのだろう。
しかし、試合直後の亮に投げかけるには酷な言葉だ。
後悔して自省する暇も与えずに、「前を向け」「お前ならできる」とは無神経なことだ。

彼女は「原作」を知っている。
この後、亮が厳しい特訓をしてレギュラーに返り咲くことを知っている。
だからこそ、出た言葉。
亮がどんな「キャラクター」か知っているから。

それはあまりにも傲慢で。


「…放っておいてくれ。」

「でも、宍戸くん、」


拒絶されても、それでも引き下がろうとする彼女をとどめたのは跡部だった。


「…帰るぞ、妃芽花。」


それでも名残惜しそうに、振り返りながらコートを後にする姿に、溜息しか漏れない。


転生した俺と違って、彼女にとってここはまだ「異世界」なのだろう。
跡部や忍足、そして亮のこともキャラクターだとしか思っていない。
だからこそ、躊躇なく無神経にかきまわすことができる。


けれども、此方からしたら良い迷惑だ。


「…ホント、厄介だよ。」


どこにもぶつけようの無い苛立ちをこめて、右手の空き缶をくしゃりと握った。






Reflection


心の整理のついていないときに、次があるから頑張れ、と言われても納得できないと思います。
ましてや、自分だけでなくチームの勝敗がかかっていれば尚更。

楽しんで生きているように見えても、涼丞は涼丞で転生したことに関しての悩みを抱えています。


REPLAY
Copyright c 2012 Minase . All rights reserved.