折角だから、これから始まるテニス部の戦いを目に焼き付けておこう、と俺は出来る限り試合を見に行くことに決めて、今日もコートにやってきた。
観覧席に腰を下ろして、近くの自販機で買ってきたミネラルウォーターのペットボトルを首筋に当てる。
夏にはまだ早いが、日差しは強くて小さく溜息を吐く。
正直言って、暑いのは苦手なのだ。
「そこのカッコいいお兄さん。お隣いいですか?」
聞きなれた声に振り向けば、やはり予想通りの人物だった。
「キヨ?自分とこの試合はどうしたんだ。」
今日は確か山吹も都大会三回戦だった筈だ。
「相手の桑子二が棄権しちゃってさ。今日は俺の出番無し。拍子抜けしちゃったよ。そんで、ヒマだったから敵情視察。」
そう言って小さく肩を竦めて隣に腰掛ける。
「で、試合の方はどうですか?藤堂解説員。」
「…氷帝の圧勝です。現在試合中の宍戸選手も辻選手相手にワンゲームも許していません。それでは一旦コマーシャルを挟んで、この後も試合の様子を追って行きたいと思います。」
「のってくれるんだ…涼丞が…っっ…珍し…っ!」
どうやらツボに入ったらしい従兄弟は放っておいて、試合を眺める。
...俺だって振られれば応えるくらいのことはする。
相手校が無名校だからかもしれないが、今のところレベルは高いものの普通のテニスが繰り広げられている。
ボールのインパクト音が心地良い。
「…何か、用かな?」
気付くとキヨが誰かに話しかけていた。
相手を確認して、一瞬息を呑む。
「あっ、ごめんなさい。綺麗な髪だなぁ、と思って。初めまして。私、妃芽花。美濃海妃芽花、っていうの。」
もっと警戒すれば良かった、と思ってももう遅い。
自分の周囲の人物は出来ればこの子と会わせたくなかった。
特に、努力して紳士に育てたキヨが腑抜けになるのは見たくなかった。
しかし、これも自分の不注意のせいだ。
どうせいずれNOVAに強制送還されるし、長くは持たない。
だから諦めて見守ろう、と早々に気持ちを切り替えたのだが。
「…あ、ああ?えっと、初めまして。俺は千石清純だよ。」
「キヨ、って呼んでもいい?」
「…あ、うん。」
…なんだか可笑しい。
キヨの対応が普通の女の子に対するそれと変わらない。
いや、むしろ普通の女の子に対するものよりも戸惑って、ぎこちない。
「あと、その…おとなりのあなたは藤堂くん、だよね?」
「…ああ。知ってるみたいだけど、藤堂涼丞だ。」
唐突に話題を振られて戸惑いつつも、受け答える。
正直、彼女が自分のことを知っていたことには驚いたが、同時期の編入生なら噂にもなっていたのだろう。
しかし、なんだか話せば話すほど居心地が悪くなっていくのは何故だろうか。
いくら相容れない人物でも、女の子に対してあからさまに冷たい対応をとるのはポリシーに反するので、できれば避けたい。
しかし、どうしてもこの子は好きになれない。
「…それより、いいのか?跡部の試合、始まるぞ。」
丁度良く始まった試合の方へ相手の注意をそらすことで、何とか会話を断ち切る。
大人しく試合に注目してくれたことに感謝しつつ、キヨに視線を投げた。
「…キヨ。」
「ん?どうしたの、涼丞。」
「あの子...さっきの子のこと、どう思う?」
敢えてオブラートに包まずに直接斬り込む。
「どうって…可愛い顔してるなぁ、とは思うけど。でもまぁ、いきなりキヨって呼ばれたのはびっくりした。…もしかして涼丞、あの子のこと、気になるの?」
心底意外だ、という顔をしてこちらをまじまじと見つめてくるキヨに、きっぱり否定する。
「それは無い。」
「…ですよねー。ああいうタイプ、苦手でしょ。俺も、ちょっと駄目かなぁ。」
小さく溜息を吐いたキヨの横顔は少し冷たい。
「ゲームセット、ウォンバイ跡部!シックスゲームストゥーラフ!」
響く歓声をバックに、俺達はコートを後にした。
◇◇◇◇◇
最近、ようやく慣れてきた新しい自室。
ベッドに腰掛け、そのまま倒れこむ。
キヨと例の彼女の対面は、本当に焦った。
「逆ハーレム狙い」である以上、きっとキヨも対象に入っているし、彼女が人を惹きつける力は、実際に目の当たりにしている。
恐らく、そういうふうに設定をいじっているのだろう、と思うがそれにしても不条理なものだ。
まるで自己などないように、問答無用で彼女を愛するようになった周囲の生徒たちを見ていると、なんだか滑稽を通り越して恐ろしい。
しかし、キヨにはその効果がなかった。
あれだけ真正面から彼女にアピールされたにも関わらず、感想が「駄目」だ。
全く動じていないどころか、逆に悪印象を持っている。
これは一体どういうことか。
更に、よくよく考えると、俺にとって一番身近なテニス部員である亮も彼女に対してそこまで甘い顔をしていなかったように思う。
今日も、試合開始前は殆どのメンバーがことごとく彼女の傍によって行って何かしら話していたのに対して、亮は一人で静かに座っていた。
ここで一つ仮説が立つ。
もしかしたら、彼女の補正が効く人間と効かない人間がいるのではないだろうか。
そしてその効かない人間、というのは恐らく、自分のような「彼女と同じ世界」から来た人間と関わりの深い者ではないだろうか。
言うまでもなくキヨとは従兄弟同士で付き合いが長いし、亮とは氷帝に転校してきて以来、意気があって割と親しく付き合っている。
思えば、自分が親しく付き合うようになった友人たちは、彼女にあまり興味を示していなかった。
それは、単に別のクラスで接触が少ないからだと思っていたが、よくよく考えれば、クラスが違っても基本的に男子は彼女の話題で持ちきりだった。
現に、学食で昼食を摂っていたとき、向かいに座っていたクラスメイトたちは彼女の方をしきりに窺っていた。
いわば、俺は予防接種のような役割を果たしているのではないだろうか。
もともと異分子である俺に慣れていれば、同じく異分子である彼女のチャームが無効化出来る。
そう考えると、割とすんなり納得できる。
そうして、この仮説が真であったなら、αを探しやすくなる。
彼女の影響をうけること無く、普通に生活している人間を探せば良いのだ。
少なくとも原作キャラ誰か一人とは血縁関係を持っているはずだし、もしかしたら氷帝テニス部の誰かとも友人関係を築いているかもしれない。
まだまだチャンスはある。
むしろ、こちらのほうが自分を囮にするという自棄のような作戦よりも、見つけやすいかもしれない。
思わぬ追い風に少し気分を上昇させながら、少し薄れた原作の記憶を辿った。
Reflection
涼丞が殆ど説明しましたが、ヒロインと仲の良いテニス部員や楓ちゃんが妃芽花さんに不信感を持ったのは、こういう理由です。
前回、α探しの望みを絶たれたかのように見えた涼丞でしたが、新たな作戦を立てて、再びヒロイン探しを始めます。
二人が出会えるのはいつになるのか!
REPLAY
Copyright c 2012 Minase . All rights reserved.