跡部景吾のクラスにやってきた編入生。
遠目で見ただけだが、可愛らしい女の子だった。
病弱なのに女子マネージャーに抜擢され、跡部景吾や忍足侑士、その他のテニス部員たちに囲まれて、毎日幸せそうだ。
その割に、女子たちからのやっかみも無く、平和に過ごしている。
もう間違いないだろう。
一時期、もう一人の編入生の藤堂涼丞を疑っていたけれども、彼女が現れた今、比べてみると一目瞭然だ。
誰がどう見ても、疑う余地なく、「逆ハーレム」は彼女だ。
こうもアッサリ見つかってしまうと、なんだか気が抜ける。
と、なると一時期一生懸命マークしていた藤堂くんは全く無関係、ということになるのだが、それも何だか腑に落ちない。
彼は彼で、「逆ハーレム狙い」とはまた別口で怪しい気がするのだ。
だったら彼は何なのだと聞かれても困るし、こればっかりは憶測とも呼べないような単なる勘 なので、何とも言えないのだけれども。
ベッドに座って携帯を開く。
時計の表示は20:58。
そろそろかなぁ、と画面を見つめると、気に入って設定している待ち受け画面から表示がCallingに切り替わった。
相手は言うまでもなく。
「もしもし、光?」
『、何しとったん?』
「お風呂上がって、ぼんやり電話待ってたよ。光はもうお風呂入った?」
『…今日はあのゴンタクレのせいで部員全員どっろどろにされたから、 帰ってすぐ入った。』
メールで色々と話を聞いているが、やはり西のスーパールーキーは一筋縄では行かないらしく、手を焼かされているらしい。
『で、そっちはどうなん?何か面白いことでも無いん?』
「面白いこと、っていうか、今年の氷帝では逆ハーレムが築かれつつある。」
『はぁ?』
ここ最近の新しいテニス部女子マネージャーに関するあれやこれやについて説明すると、光はそれでも信じられないようだった。
そりゃあそうだ。私だってNOVAの説明無しにいきなりあの状態を目の当たりにしたら盛大なドッキリを疑う。
『そんなんやったら、今年も氷帝は全国なんて夢のまた夢やな。』
「うーん。それが、割と良い方向に働いてるみたいで、そうでもないんよね。」
物凄く単純で呆れる話だが、彼女にできるだけ良いところを見せようと、部員同士は切磋琢磨して、結果的には氷帝テニス部の戦力は増しているらしい。
『…逆にそんな集団に負ける方が不名誉やな。』
「仰る通りです。」
私が対戦相手だったら暫く立ち直れないと思う。
『まぁ、何にせよ俺らは負けるつもりは無いから。たとえ氷帝が全国まできたとしても、優勝は無いわ。』
自信に満ちた台詞。
それはこの一年の間に光が四天宝寺で居場所を見つけたということだ。
なかなか懐かない猫のような光に、気長に付き合ってくれた四天宝寺テニス部の面々には改めて感謝しなければ。
「それなら、次に会えるんは、夏の全国で光が東京来た時やな。」
いろんなとこに案内できるように、東京通になっとくわ、と言ったら、試合後で疲れてると思うから家でゆっくりしたい、と言われた。
「残念。デートできるかなぁ、と思って期待してんけど。」
『会って一緒におるだけでも、十分やろ。』
少し意地悪したくなって、冗談めかして言った台詞に、倍以上の威力の台詞がさらりと返されるから困ってしまう。
「そうやね。…なんかもう、今すぐ会いたい気分。」
『あほか。いくら俺でも試合の予定は勝手に弄れへんわ。』
「夏が待ち遠しいなぁ。」
年々、光と過ごせる時間は減って行く。
光が中学生になってからはテニスが忙しくて長期休暇もあまり会えないし、 部活を引退したら今度は高校受験が待っている。
今のうちに少しでもたくさん会って、思い出を作っておきたい。
どちらにせよ、私はいずれ光離れしなければならないのだ。
東京と大阪、離れて暮らして、氷帝で新しい友人関係を築いても、結局根っこの部分では光に依存している。
転生という特殊な状況に戸惑って、新しい世界で一人佇んでいた時に、彷徨っていた私の手を握って引き止めてくれていたのは光だった。
けれども、このままではいけないのだ。
不安定になる度に光に縋って、助けて貰うなんて、そんなこといつまでも続けてはいられない。
『…?』
「ごめん、ちょっとぼうっとしてた。」
『…喋っとって気付かんかったけど、あと30分で日付変わるわ。そろそろ寝た方がええな。』
「…うん。ちょっと眠くなってきたわ。」
不自然な沈黙を眠気から来たものだと解釈してくれたらしいので、大人しくそれに乗っかる。
『おやすみ。』
「おやすみなさい。」
通話を切って、ベッドに倒れ込んだ。
「依存しすぎてはならない」とわかっているのに、いざ離れようとすると尻込みしてしまう。
自覚しているのに、居心地が良すぎて手放せない。
せめて彼女がいなくなって、日常に戻るまでは、と思ってしまうのは甘えだろうか。
「原作」と同じ時間軸になって、ただでさえ色々と抑えていた悩みが氾濫しつつあるのに、例の彼女はきっとこの状況を心底楽しんでいるのだろう。
私自身は何も直接的な被害を受けてはいないけれど、なんだか彼女が恨めしい。
…このまま考え続けていたら、どんどん醜い八つ当たりに思考が支配されてしまいそうだ。
目覚めた時には、すべてもう一度心の奥底に封印されていますように、と願いながら、布団にくるまった。
Reflection
こちらでも妃芽花さんを「逆ハーレム狙い」認定。
そりゃあ、こんなにわかりやすかったらすぐ気付きます。
しかしながら、ヒロインの場合は原作軸に入ったことでまた少し心が揺らいでいます。
頭ではわかっていて、割りきれているのに気持ちがついてこない。
簡単に解決する問題では無いので、騙し騙し上手く折り合いをつけようとしています。
REPLAY
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