「滝先輩。」
駆け寄ってきた鳳は、眉を顰めてわかりやすく不機嫌な顔をしていた。
「あの、俺もこっちで練習してもいいですか?」
「構わないよ。ちょうど、相手がほしかったところなんだ。」
普段はあまり使わない、部室から一番遠いコート。
彼女たちから一番遠いところを選んだら、自然とここしか無かった。
「滝、鳳。やっぱここだったか。」
後からやってきた宍戸も、同じようにうんざりとした顔をして、ラケットバッグを肩から下ろした。
まもなく、日吉もやってくるだろう。
「跡部はなに考えてるんだろうな。」
柔軟をしながら、ポツリと呟いた宍戸の言葉に反応したのは鳳だった。
「俺、あの人なんか苦手です。マネージャーとして入ってきた割に、全然仕事してませんよね。あれじゃあ、ベンチに座って話し相手になってるだけだ。」
先週、突然跡部が「マネージャーにする」と言って連れてきたのは、A組に編入してきた女の子だった。
「美濃海妃芽花」と名乗った彼女は確かに可愛らしかったが、俺から言わせればそれだけだ。
これまで、テニス部は女子マネージャーをとらなかった。
確実に面倒な事になるし、一年生や非レギュラーの部員に任せたほうが効率的な上に、彼らの勉強にもなるからだ。
しかし、今回初めて例外として女子マネージャーが採用された。
初めは、跡部のことだから何か特別な考えでもあるのかもしれない、と様子を見ていたが、特にそんなつもりはないらしい。
ただ単に、彼女のことを個人的に気に入っていて、手元においておきたいだけのように見えた。
あの跡部が、そんなことをするなんて、という失望にも似た感情と、なぜ彼女なのだろう、という純粋な疑問でここ数日は不如意な気分を味わった。
そして、他にも気になることはあって。
「仕事もせずにベンチで跡部たちに気遣われてるのに、女子から何のやっかみも受けてないのが奇跡だな。一体どうなってるんだ。」
眉根を寄せた宍戸の言葉に、頷いて同意を示す。
「別に平和なのは良いことだと思うんだけど、やっぱりそこが不思議なんだよね。」
そう。
これまでは、「部員目当てでテニス部の活動を邪魔しない」という掟が暗黙の了解のようになっていて、部活中に不純な動機でコート近づく女子は、一部の過激な女子たちから激しい叱責を喰らっていた。
叱責を食らう、と言っても暴力に訴えたりするのではなく、あくまで取り囲まれてネチネチと嫌味を言われる程度だし、何よりそういう目に合う女子は女子で問題があったので、跡部も黙認してきたようだが。
ファンクラブだの、テニス部のファンだの言われると鬱陶しい面もあるが、自分たちである程度活動を自制してくれていたので、こちらとしても助かっていた。
それが、今回の新しいマネージャーに対しては誰も何も言わないのだ。
これまでなら、間違いなく抗議されていた。
いくら半ば跡部の信者となっている女の子たちといえども、眼が曇るほど盲目ではないので筋の通らないことにはきちんと反論していた。
信じられないかもしれないが、何度か跡部のほうが彼女たちに謝罪したこともあるのだ。
その点、両者の関係は割と良好で、円滑だった。
だから、今回の特別扱いに関して、何も文句が出ないのは異常だった。
「跡部さんのファンクラブも可笑しいですけど、俺から言わせたら他のレギュラーの先輩方も可笑しいですよ。」
いつの間にやってきたのか、日吉はラケットバッグをベンチに置くと、心底うんざりだと言った様子で溜息を吐いた。
「女子マネージャーにちやほやして、練習する気がないのなら全員コートに来ないで欲しいんですけど。目障りだ。」
「こら日吉、言い過ぎ。でも、まさかあの忍足先輩まで美濃海さんに興味を持つとは思いませんでした。」
手持ち無沙汰にボールを弄んでいた鳳は眉根を寄せて、視線を遠くの一番コートへ巡らせた。
面倒事になると嫌だから、同じ学校の女の子には手を出さない、と言っていた忍足の台詞をまだ覚えていたのだろう。
しかし、同学年の俺達からしたら、忍足よりも他のメンバー達の反応の方が意外だった。
「正直、俺は忍足よりジローと岳人の方が意外だ。」
同じ事を思っていたのか、宍戸も小さく呟いた。
ジローはぼんやりしているように見えて、割とシビアに人間を見ている。
今でこそ跡部や忍足と親しく過ごしているが、一年の夏までは薄く壁を作って接していた。
それが唐突に現れた女子マネージャーにいきなり心を許して膝で眠るなど、考えられなかった。
向日の方は、あれで女子には苦手意識を持っているので、数日であんなに馴染んで自分から駆け寄っていく姿は意外すぎた。
「俺、なんか嫌です。別に彼女が悪いわけでは無いんだと思いますけど、でも、なんか、」
もう一度、呟くように嫌です、と言った鳳の肩を軽く叩くと、宍戸も溜息を吐いた。
「こんなんで夏の大会、大丈夫なのかよ。」
今の状況を見るかぎり、冗談じゃないと軽く笑いとばせないのが哀しい。
女子マネージャーに腑抜けて試合に勝てませんでした、なんて言い訳にもならない。
「全力じゃないあの人達に下克上しても、納得行かない。」
そう言った日吉の表情も翳っていて。
「今年は前途多難だなぁ。」
また一つ、増えた悩みに頭を抱えた。
Reflection
妃芽花さんの登場で、荒れるテニス部。
この四人以外のテニス部員たちはみんなメロメロ状態です。
滝くんの頭痛の種がまた増えます。
REPLAY
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