極秘任務のお願い。









「お久しぶりですね。」


血の気が引くとはこういうことか、と思った。




002:不法侵入は白昼堂々 






今夜も光とメールをしたあと、いつものようにベッドに入って眠ったはずだった。

それなのに。

見覚えのある白い空間と白いソファ。
背後から聞こえた声は私をこの世界に送った彼のもので。


あぁ、また飛ばされるのかもしれない。


絶望にも似た感情。

嫌だ。私はあそこで生きたい。
せっかく、大切なものができたのに。


「何も泣くことはないでしょう?そんなに私が嫌いですか?」


相変わらず完璧なまでに整った容姿をした男は困ったように柳眉を寄せた。


「別に何も危害は加えませんよ。ただ、お伝えしておきたいことと、お願いがあるだけです。」


「お願い?」


「はい。それだけ伝えたら、きちんと先ほどまでいた世界に戻しますから。」


脳裏に浮かんだ最も最悪な事態が起こることは無いとわかると、途端になぜ呼び出されたのかが気になり始める。
何かよっぽどの事情がなければ、こんなことはしないだろう。


「端的に言うと、そちらの世界にイレギュラーな人物が入り込みました。」

「イレギュラーな人物?」

「本来、魂を生まれたのとは別の世界に存在させるためには、変換作業が必要です。それが、いわゆる『転生』というステップです。新しい世界に『生まれ直す』ことによって、その世界で生きるに相応しい肉体と環境を得るわけです。」


確かに、私の精神と魂は前の世界ののものだけれど、この体はこの世界の両親の間に生まれたのものだ。


さんは、我々の手で『正しい』手順を踏んでこの世界に送りました。しかし、今回のバグ…失礼。イレギュラーな人物…スマートじゃないですね。仮にAとしましょう。そのAは実に乱暴な手口でこちらに送られた。」


…気のせいだろうか。ミラの黒い部分が垣間見えた気がするのだが。


「乱暴な手口って、どんな方法ですか?」

「わかりやすく言うと、憑依です。」


…なるほど。転生トリップ(私)の次は憑依トリップとは、これはまた…。


「先ほど言いましたが、別の世界で生まれた魂を適応させるには変換作業が必要なんです。それを行わずに乱暴に移植する上に、移植先も『もともとその世界で生きてきた肉体』という『既製品』ですませてしまう。」

「…なんとなく、乱暴だと言う理由がわかってきた気がします。」

「それだけじゃありません。肉体と魂は本来、一対一対応なんです。それを無理矢理に合わない魂を嵌めこむわけですから、違和感が生まれる。その違和感をカバーするために、どうやら向こうはプログラムを勝手に弄ったみたいなんです。」

「プログラム…。それはまた書き換えて戻しても駄目なんですか?」


素朴な疑問を口にすると、ミラの何かに火がついたのか、急に勢いがついたかのようにまくし立て始めた。
…正直、怖い。


「実験とは繊細なものなのです!慎重に要素を揃えて忍耐強く観察し、データが狂わないように環境を整えてやる。それを勝手に書き換えられたら、下手したら今までのデータが全て死ぬんですよ!」


なんだかわからないが、今回のことはミラにとっては本当に腹立たしい出来事だったらしい。


「そこで、お願いがあるんです。」

「…なんですか?」

「A、つまり『イレギュラーな人物』を探してください。」


ちょっと待って。いろいろと言いたいことはあるけれど、とりあえず。


「私が探せるようなものなんですか?というか、手掛かりはあるんですか?」


簡単に探せ、と言われても、こちらの世界だって広いのだ。それに、私にだって日常生活があるわけで。


「それに、私が探すより、全体が見渡せるそちらで探したほうが早く見つかるんじゃないですか?」

「それは違います。さんは私達が意図的に観察しているので見失わないだけで、世界全体を細かく見ていくのって結構骨が折れる作業なんですよ。例えると、たくさんの蟻の中から特定の一匹を見つけ出すようなものです。人間から見たら、蟻の個体差なんてわからないでしょう?」

「…わかりやすかったし、納得しましたが、蟻に例えられた身としてはあまり良い気分ではありません。」

「…失礼しました。」


なんというか、今日のミラは棘がある。
その棘が向けられているのが私じゃないだけまだマシだけれども。


「探す、と言っても別に捜索の旅に出ろとまでは言いません。普通に日常を送りながら、『登場人物』の周りに何か変わった動きをする人物が現れないか、気をくばってくれれば良いだけです。」

「それなら、なんとか。」


そのくらいなら、お安い御用だ。
あの目立つ集団の情報は嫌でも入ってくるし、そのうち何人かとは友人関係だ。


「それで、その『イレギュラーな人物』の特徴とか、傾向はわかるんですか?」

「残念ながら、容姿や名前などの細かい情報はわかっていません。」


…と、なると長期戦で見たほうが良いのだろうか。
もともと人間観察は嫌いじゃないし、べつに構わない、と思っていたら。




「ただ、データを解析した人間いわく、『典型的な逆ハー狙い主人公』らしいです。」




…なんだか、とんでもなく面倒なことになりそうな予感しかしない。















Reflection


逆ハーヒロインが現れたら教えるように支持されるヒロイン。

勿論、データを解析した人間=カペラちゃんです。

「勝手に入り込んできた上に逆ハーでおいしい思いをしようと思ってるとかほんと有りえません。マジムカツク。」

とか呪詛の言葉を吐いていそうです。


REPLAY
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