「あっれー?おっかしいなぁ…。…リゲルさぁーん!」
「どうしたの?カペラくん。そんな大声出して。」
「はしたないですよ。それと、油分の多い菓子を食べながら機器に触るのはやめて下さいと言ったでしょう。これで手を拭ってください。」
先程からコンピュータと睨めっこしていたかと思うと、突然大声をあげたカペラにウェットティッシュを差し出すと、ミラは呆れたような視線を向けた。
「ありがとうございます、ミラさん!水道に行かなくてもウェットティッシュで拭くという手がありましたか!盲点でした…。今度から私もデスクに置いておきます。」
「私としてはできれば食べるのをやめていただきたいのですけれどもね。」
「えーっ!それは私に死ねと言うのと同じです!」
「はいはい!二人ともそこまで。カペラくんは私に何か用があったのでしょう?」
しばらく待っても一向に二人の漫才が終わる様子が無いので、リゲルは無理矢理割り込んだ。
カペラともミラとも、一対一なら上手く会話が成り立つのに、なぜかこの二人を一緒にすると話が脱線して進まない。
元来、面白いことが好きなリゲルは、きっかけすらあれば自動的に漫才を始めてくれるこの二人のことを気に入っていたが、今回は漫才よりもカペラが自分を呼んだ理由が気になった。
なんとなく胸騒ぎがしたのだ。
リゲルの勘はわりとよく当たる。
…そしてそれは悪い予感ほど顕著だ。
「そうでした!リゲルさん、この間始めた実験なんですけど、被験体増やしたりしました?」
「そんなわけ無いでしょう?いくらリゲルさんでも被験体を増やしたら報告ぐらいしますよ。」
一体ミラは自分のことを何だと思っているんだ、とリゲルは少し悲しくなった。
しかしこれまでミラに無茶を言ってきたのも事実なので、悲しいかな反論はできない。
「この間の世界に送った被験体はαとβの二体だけだよ。増やしてないし、減らしてもいないはずだけど、何かあったの?」
「それが、プログラムが書き換えられてるんですよね。私以外の何者かによって。」
珍しく目付きを鋭くしたカペラは、苛立ちを隠さずに異常を告げた。
「プログラムが?」
「向こうの世界にもともといた人物の記憶が勝手に改竄されてるんです。」
「つまり、勝手に誰か新しい人物を入れられちゃったってこと?」
この実験を行うにあたって、改変するのは被験体の生まれる環境だけであって、原則それ以外はできるかぎりそのまま維持する、というのがNOVAの方針である。
被験体と登場人物を親戚関係にして、関わりをもたせるように間接的に手を加えはしても、登場人物の記憶を直接操作して、被験体に対して強制的に特別な感情を抱かせるようなことはしていない。
あくまで見たいのは「世界がどう変化するか」であるからだ。
面白いストーリーを求めているわけではない。
しかし、今回勝手にプログラムを弄った人間は、そうは思っていないらしい。
「今、急いで修正に回ってますが、パスが変えられていて解析に時間がかかりそうです。」
「カペラくんが何重にもかけたロックとダミーを破ってシステムに侵入して、こっそり書き換えるなんて相当な腕の持ち主だね。一体何が目的なのかわからないけど、気に入らないよね。」
カペラは話だけ聞いていると非常に残念な女の子だが、情報技術に関しては右に出るものがいない程の腕前だ。
つくったセキリュティにはそれなりに自信があった。
しかしそれを破って書き換えた者がいる。
「…ほんっと、腹立つ。マジムカツク。絶対見つけてそいつのコンピュータにタチの悪いウイルス仕掛けてデータ破壊してやる。」
久しぶりにスイッチの入ってしまったカペラはブツブツと呪詛の言葉を呟きながらものすごい勢いでキーボードをタイプし始めた。
…正直言って、すごく怖い。
「リゲルさん…。わざとカペラを煽らないでください。心臓に悪い。」
「ごめんごめん。でも僕もすこーし怒ってるんだよねー。不可侵のNOVAを土足で荒らしたこと、後悔させてあげたくない?」
リゲルもキレていた。
…正直言って、物凄く怖い。
ミラは胃がキリキリと痛み始めるのを感じた。
あとで胃薬を飲もうと決めた。
「システムはカペラくんに任せるとして、被害を最小限に抑えるためにも、一応被験体にも話を通しておいて貰える?」
「被験体と接触するのですか?」
「ほんとはイヤなんだけどねー。でも中から探してもらったほうが、バグの方は早く見つかると思う。」
犯人はストーリーを面白くするための愉快犯。
ならば登場人物に接触するように「招かれざる客」を配置するはずだ。
そういう人物は中から見ていると物凄く目立つ。
「新しい登場人物」をサラッとバグ呼ばわりしたリゲルは、すでに頭の中でその居場所についてあらかた予想をつけていた。
「見つけて教えてくれるだけでいいから、って言っておいてね。」
「了解しました。」
「じゃあ、僕は犯人について探ってみるよ。これだけの技術者だからある程度は絞れると思うし。ミラくん、カペラくんが根詰めすぎないように、ちゃんと見ててあげてね。」
「…わかってます。」
本当に面倒な事をしてくれた。
捕まえたらどうしてくれようか、と昏く眼を光らせながら、三人はそれぞれの作業にとりかかった。
Reflection
逆ハーヒロイン投入で荒れるNOVA。
これで第一話は終了ですが、もうしばらく導入部が続きます。
キャラがあまり出てこない日々が続きますが、ご容赦ください…。
REPLAY
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