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04. She is






正直に告白すると、初恋だったのだ。


イギリスで過ごした幼少期は、あまり良い思い出が無い。

小さい頃からそれなりの教育を受け、跡部の名を誇りにして生きてきた。
何事も全力で。決して負けまい、と勉学に限らず全てにおいてトップであろうと努力した。
それが妬み嫉みを買い、また『日本人』であることも手伝って、プライマリースクールでは浮いていた。

今でこそ、他人の目を気にする事もなくなったが、幼い頃は気丈に振舞ってはいても、正直こたえていた。
だからこそ、たとえ短い間でも、日本で過ごす夏の間なら、自分と遊んでくれる友人が見つかるのではないかと期待して帰国した。

けれども、あっさりと期待は裏切られた。
小さい子どもは特に、『自分と違うもの』を排除したがる。
日本人離れした俺の容姿は同年代の子どもからは敬遠され、また家の肩書きも手伝って『友人』なぞできるはずもなかった。

次の年からは、夏もイギリスで過ごすようになった。

どこに行っても変わらない。
どうせ浮くのなら、自分から他人とは別の場所に立ってやろうと思った。
横にはじかれる前に、上に登って見下ろしてやるのだ。

そうやってひたすらに自分を高めることに時間を費やした。
最初は半ば自棄で決めた生き方だったが、始めて見ると性に合っていた。

そうして、日本に帰ることをやめてから二度目の夏。
珍しく父が客を招いた。
家と言うより『城』と呼ぶに相応しい自宅。
そこにやってきたのは、父より少し年下に見える男だった。
甘く整った顔立ちで、穏やかそうな性格がにじみ出ている。


「景吾、こっちへ来なさい。」


「はい。」


、息子の景吾だ。今年で8歳になる。日本だと…小学校か?」


、と呼ばれた男は、小さく頷いた。
「初めまして、景吾です」と挨拶すると、しっかりしていると褒められた。
そうして、先程からこちらを窺っていた小さな影を前に押し出す。


「初めまして、景吾くん。です。この子は、娘の。景吾くんと同い年なんだ。…、初めましては?」


「はじめまして、けいごくん。」


父親の言葉を鸚鵡返しにするように小さく言うと、恐る恐るといった感じでこちらを見上げてくる黒い瞳。


「景吾、私はと話がある。ちゃんを案内してあげなさい。」

「はい。わかりました。」

「よろしくね、景吾くん。…、景吾くんの言うことをちゃんと聞くんだよ?」

「はい。」


案内しろ、と言われても自分と同じ年頃の子どもと関わったことなんて殆ど無い。
どうしようか、と悩みながらとりあえず庭へ連れ出した。
庭師を呼んで手入れさせている薔薇園は自信があった。


「うわぁ、きれい!」

「自慢の薔薇園だ。」


素直に感嘆の言葉を漏らされると、悪い気はしない。
しかし、帰ってきたのは予想外の言葉だった。


「ちがうの。ばらじゃなくて、けいごくんの目。青くて、キラキラしてる。わたし、その色、すごく好き。」


大人たちに、美しい、将来が楽しみだと褒められ、持て囃されることは少なくなかった。
けれど、正面だってこんなにストレートに褒められたのは初めてで。


「俺も、お前の目は嫌いじゃない。」


「ほんと?じゃあ、一緒に遊ぼう!」


「あぁ。」


たった一日だった。
それも、ほんの短い時間。
けれども、との出会いは俺の中で強く印象に残った。



◇◇◇◇◇


中学生になって、日本に帰国した。
氷帝学園に入学し、ここでも『トップ』にこだわった。
そうして、入学したその年に生徒会長の座に就任し、名簿を確認しているとき、その名を見つけた。




薔薇園とこちらを見上げる黒い瞳が蘇った。

しかし、初恋というものは時が経つほど記憶の中で美化されていくものである。
初恋の相手に夢を見るには、世の中のことを知り過ぎていた。
しかし気にならないわけはなく、該当するクラスの生徒のなかに記憶の中の姿を探した。
気持ちとしては、どんな風に成長したのだろうか、という興味本位でしかなく、軽い暇つぶしだった。

やはり、思い出補正が入っていたようで、小さい頃は他に比べるものがないほど可愛らしい、と信じていた容姿は平均より優れているものの、ひと目で恋に落ちるほど魅力的では無い。
アク無く整っているが、華やかなわけでもなく、どちらかというと目立たない。


けれども、観察すればするほど惹かれていった。


大人しく、目立つことは嫌うくせに、行事ごとでは意外と負けず嫌い。
どちらかというと裏方にまわる方が好きだが、仕上がりには厳しい。
気に入らないところがあると、放課後ひとりで残ってでも納得の行くまでやり直す。
図書館によく通っているが、本の趣味は雑食で、図鑑を1時間眺めていたかと思うと歴史小説を借りて帰ったりする。



意識しているつもりは無いのに、気がつくと探している。

時をおいてもう一度、に恋をした。



自覚したなら、後は慎重に距離を縮めて行くだけだ。
絶対に、逃がさない。
欲しいと決めたものは、どんな手段でもってしても手に入れてみせる。

手始めに、少々狡い賭けに出た。
両親が揃った食事の席でさり気なく、小さい頃の初恋の相手としての話を出した。
母はロマンチックな話が大好きだし、父は面白そうなことに眼がない。


そうして早速、話をした次の週末にとの食事会がセッティングされた。