スピカ : デザインテンプレート
03. Are you him?
ホテルに着くと、ロビーでカードをちらりと見せるだけで特別な部屋に通された。
部屋の内装とエレベーターに乗っていた時間の長さから判断するに、恐らくスイートルームと呼ばれる部屋だ。
「コートは、そこだ。」
言われるまま、華奢な作りのクローゼットにAラインが可愛くてお気に入りのコートをかける。
背中に痛いほど視線を感じながらも、恐る恐る振り向くと、ふわりと微笑みながら手招きされた。
「かけれたな。じゃ、こっち来い。」
強制されたわけでもないのに、なぜか逆らえない。
おぼつかない足取りでソファに歩み寄ると、そのまま腰を攫われた。
膝の上で横抱きにされている、と気付いたときにはがっちりと腕を回された後だった。
「なぁ。何で黙ってついてきた?」
咎めるような台詞とは裏腹に、その瞳は楽しそうに細められている。
そう。
疑いながら、有り得ないと思いながらも、私はどこかで納得していた。
受け入れていたのだ。
「だって、跡部くんだったから。」
眼の前にいるのは跡部くんより確実に年上の大人の男性だ。
しかし、その意思の強そうなアイスブルーの瞳や、さらりと流れるやわらかい髪、なにより自信に溢れた言動。
それらの全てが『跡部景吾』のものだった。
人は一瞬で成長するはずはない。
わかりきった、当たり前のことだ。
けれど、それと同じくらいの強さで、確信をもって私は断言できる。
「跡部くん、なんでしょう?」
いつもは気後れしてしまう美しい顔を、じっと見つめた。
完璧に整った美しい唇の口角がきゅっと吊り上がる。
「当たりだ。よくできたな。俺からすればお前の知っている『跡部景吾』は俺の10年前の姿だ。俺達は入れ替わっている。」
つまり、彼は10年後の跡部くんということになる。
なぜ現在の跡部くんと10年後の跡部くんが入れ替わったのかはわからない。
(心あたりがあるとしたら、さっき当たったバズーカくらいなのだが。)
ただ、今いちばん気掛かりなのは。
「元に、戻るの?」
目の前の彼も確かに『跡部景吾』だ。
けれども、私が本当に会いたいのは、一緒にいたいと思ったのは、目の前の姿の彼じゃなくて。
口に出すと余計に不安になってくる。
もう、『彼』に会えなかったら。
「泣くな。安心しろ。少しの間、入れ替わってるだけだ。あと一時間もすれば、元に戻る。」
大きな手に頭を撫でられる。
さっき、絡んだ髪をほどいたくれた手つきと同じ、優しい手。
「それにしても、そこまで心配してくれてたとは知らなかった。可愛いじゃねぇの。」
ふと、おでこに柔らかい感触。
キスされたのだ、と気付くと同時に一気に顔に血が集まる。
「跡部くん…!」
「随分初々しい反応だな。…だが、その呼び方は気に入らねぇ。」
確かに、私の知っている『跡部くん』と彼は、同じようで違う。
それに、今の彼は年上の大人の男性だ。
「跡部さん。」
「却下だ。」
考えて口に出した呼び名は呆気無く拒絶された。
となると、残る選択肢は限られてくるもので。
「景吾さん。」
「…まぁ、及第点だな。本当なら敬称もいらねぇと言いたいところだが、許してやるよ。」
そう言って不敵に笑うと、今度は両頬に一回ずつ、唇が触れた。
羞恥と罪悪感で涙目になりながらも必死に睨みつけると、悔しいほど綺麗に微笑み返された。
「唇は我慢してやるんだから、こんくらい好きにさせろ。」
艶を含んだ低めの声で囁かれると、何も言えなくなってしまう。
成長した跡部くんは色気も美しさも格段にアップしていて。
「なぁ、お前は『跡部くん』のことをどう思ってるんだ?」
顎に手をかけられ、視線が絡められる。
そのまま頬に滑る手のひら。
「聞かせてくれよ。」
ただでさえ『跡部くん』に弱い私が、彼より数倍やり手の『景吾さん』に逆らえるはずなどなかった。
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