スピカ : デザインテンプレート
01. 14+10
「少し降りて歩かねぇか。」
「うん。」
跡部くんと、こうして二人きりで出かけるのは今日が初めてだ。
運転手付きの車でお迎えに来て貰って、早めのランチ(ツケ払いのお店らしく『自分の分は払います』と言い出す間もなかった)をご馳走になり、その後は劇場で演劇鑑賞。
普段あまり演劇なんかに縁のない私でもわかりやすいストーリーだったので、劇場からの帰り道は緊張していた行きの車内とは違って、話が盛り上がった。
だから、いつもは恐れ多いと感じてしまう跡部くんからのお誘いを、すんなりと受けれたのかもしれない。
「この辺りで停めてくれ。」
「承知致しました。」
すっ、と滑るような滑らかさで車が停まる。
着いたのは隣町の並盛町の河原だった。
跡部くんは、先に降りると私の側のドアを開けてきちんとエスコートしてくれた。
こういうところが、大人っぽいなぁ、と思う。
「後で連絡するから車、まわしてくれ。」
「承知致しました。」
停まった時と同じように滑らかに発進した車を見送ると、跡部くんは再び、わたしに手を差し出した。
今でもまだ慣れないけれど、勇気を出してその手をそっと繋ぐ。
そうすると満足そうな顔で笑って握り返してくれた。
見た目の美しさとは裏腹に、かたくしっかりした手。
テニス部の、部長の手。
「河原の方に降りてみるか。…足元、気を付けろよ。」
コンクリート製の灰色の階段を降りて、川を見下ろす。
夕日に照らされた跡部くんの横顔はとても綺麗で、思わず息を飲む。
「この前の食事会で言われたこと、覚えてるか?」
あれは三ヶ月前だった。
父から急に、お得意様とのお食事会に私も同伴するように言われ、渋々出向いた料亭。
そこには同じ学園に通いながら絶対に関わることのないだろうと思っていた、跡部くんが座っていたのだ。
そして驚くべきことに、父と跡部くんのお父様は昔からの知り合いだったらしく、お話は大いに盛り上がった。
「お互いが気に入れば、結婚すればいい、と言われた。」
川面がオレンジ色の光を反射して、キラキラと輝いていて綺麗だ。
跡部くんの視線が、私を捉える。
「俺は、本気で考えている。」
さぁっ、と強い風が吹いた。
ワンピースの裾がはためいて、慌てて両手で髪と裾をおさえる。
心臓が早鐘を打っている。
風は止んだのに、顔が上げられない。
「髪、絡まってる。直してやるよ。」
大きな手が頭をするりと撫で、絡まった髪をほどいていく。
いつもなら敬遠する距離の近さも、今は大歓迎だ。
だって、赤くなった顔を見られずに済む。
「突然、結婚を考えろなんて言わねぇ。でも、できればこれからゆっくり距離を縮めて行きたいと思ってる。…いいか?」
ゆっくりと深呼吸して、顔を上げた。
跡部くんの目はとても真剣で、いつか好奇心で観に行ったテニスコートでの姿を思い出した。
整えたはずの呼吸がまた乱れ始める。
なんとか頷き返すと、アイスブルーの瞳が柔らかく細められた。
「それから、実は俺は…」
何かを言いかけた跡部くんの言葉を、子どもの声が遮った。
どんどん大きくなるそれは、こちらに近づいてきているようだ。
「…ここでは騒がしいな。後で話す。」
軽く肩をすくめると、そろそろ帰るか、と再び右手を攫われた。
先程降りてきたばかりのコンクリートの階段をエスコートされながら登っていると、入れ違いに先ほどの声の主が降りてきた。
どうやら私達と同じ年頃の男の子たちと一緒らしかった。
「こら!ランボ、走ったら危ないって!!」
「うるさいもんねー!ランボさん一人で階段おりれるもんね!」
「アホ牛!10代目に迷惑かけるんじゃねぇ!」
「まぁまぁ、獄寺。ランボまだちっせーんだし、あんまカッカすんなって!」
小さい子は牛の着ぐるみのようなものを着ていてかわいい。
男の子たちも、氷帝の子と比べると元気がいい。
「あの子たちも、中学生くらいかなぁ。」
「たぶんな。並盛中か?」
制服を着ているので学生なのは確かだ。
そんなことをぼんやり考えていると、さっきまで騒いでいた子どもが泣き出した。
「うわぁーん!獄寺のあほー!」
子どもは泣くのが仕事のようなものだし、仕方がない。
だがしかし、問題は
「…あのガキ、妙なもん持ってねーか?」
「バズーカ…?」
そう。
両手に抱えられているそれは、映画などでしか見たことのないような銀色の大筒。
…一体何処から出したのだろう。
それを、あろうことか川を背にして、自分に構えた。
当然、バズーカの重みで重心が傾いて、
「ランボ!!」
「うぉっ!!」
危うく階段から転がり落ちそうになったちびっ子を、黒髪の男の子がなんとかひっつかんで止めた。
ただ、ちびっ子が驚いた拍子に手から離したバズーカはそのまま自然落下するわけで。
「っ!、危ねぇ!」
私たちの方をめがけて、バズーカが落ちてくる。
目をつむると、強い力で抱きしめられた。
頭から抑えこむように、ぎゅっと腕を回されて、『庇われている』と気付いたと同時に、大きな爆発音が響き、辺りに白い靄が広がった。
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