08
細雪さんに心配されながらも、私はあれからディーノに会いに行かなかった。
手紙も、書いていない。
ただ、静かに彼の怪我が治るのを待った。
そうして、今再び、彼の私室の前にいる。
控えめに、重そうな扉をノックする。
「どうぞ。」
うながされて、入った室内からは医療機器は消えていた。
「久しぶり。怪我、治ってよかった。」
「ああ。もう、すっかり平気だ。」
綺麗に微笑んだディーノに勧められて、ソファに腰を下ろす。
そのまま隣に座ったディーノを見上げた。
初めてのデートの夜の記憶が蘇る。
「随分と待たせたけれど、これを受け取って欲しいんだ。」
そう言って、差し出されたのはダイヤモンドのあしらわれたプラチナのリングだった。
「これは、婚約者のために、と頼んで部下に用意してもらったエンゲージリングだ。」
キャッバローネのボスの妻に申し分のない、豪華なリング。
それをガラスのテーブルにボックスごと置くと、ディーノはもうひとつ、箱を取り出した。
「こっちは、俺が自分で選んだ。」
箱に収まっていたのは、華奢なつくりのゴールドのリングだった。
華美な宝石は無く、少し彫刻が施されただけのシンプルなつくり。
「そっちの、石のついてる方はボスの妻としてのエンゲージリングだけど、こっちは、こっちの指輪は『ただのディーノ』としてに渡したい。」
真剣な瞳と目が合う。
「俺と、結婚してくれますか?」
心なしか、声は震えているし、眉は情けなく下がっている。
「ねぇ、ディーノ。私は、あなたが夜に一人で書いてくれた手紙の返事が嬉しかった。正直、字はがたがただし、ときどき読めなかったりもしたけど、それを一生懸命書いてくれたあなたを想像しながら、解読するのが幸せだった。」
『ボス』の彼も、『ただのディーノ』も、私は愛しい。
「喜んで、お受けします。」
すっ、と薬指に滑る指輪。
華やかさのない、シンプルなそれが嬉しかった。
「一生、大事にする。」
そう言って、ふわりと抱きしめられた。
「手始めに、もう一度デートからやり直そう。」
明日の予定は空けてある、といって嬉しそうに笑うディーノに少し意地悪したくなる。
「じゃあ、服を買いに連れて行って?ワンピースはボロボロになってしまったし、ドレスもネクタイもダメになってしまったから。」
あなたから貰った服、なぜか長持ちしないみたい。
そう言ってやると、ディーノは楽しそうに笑った後、耳元に顔を寄せて囁いた。
「いいけど、知ってるか?男が女に服を買ってやるのは、綺麗な服を着せたいからじゃない。それを脱がせたいからなんだ。」
覚悟はあるのか?
と聞いてくる彼に、私がなんと返事をしたのかは、ご想像にお任せする。