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執行
猶予



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私はごく平凡な日本人女性である。

平日は真面目に働いて、休日には家で溜まった録画番組を見ながらくつろぐ。
毎朝炊飯器をセットしてお米を炊いて、夜は保温米と買ってきたおかずや簡単な一品料理なんかを作って晩御飯。
暑い夏にはそうめんが重宝するし、寒い冬はほとんど鍋で済ませる。
時々ちょっとした贅沢として友人と待ち合わせて外食。
お酒はそんなに強くないので、お付き合い程度。
基本的には飲まないし、煙草も吸わない。
勿論、賭け事にも手を出さない。
お化粧、美容院は見苦しくならない程度に。
お洒落をするのは好きだけれど、服にはそこまでお金をかけようとは思わないので、ハイブランドのお店はショーウインドウを眺めるだけ。
それでも、靴や鞄、財布などの小物は思い切って良いものを買って、大切に長く使うタイプ。
ごくごく平凡な、何の特徴も無い女性。


ただひとつ、父がそこそこ大きな暴力団の組長をしているということを除いては。




「最近、ここいらで良く、外国人を見ると思わないかい?」


久しぶりに父に呼び出されて、実家に帰った。
と言っても、現在の私の一人暮らし先から徒歩10分であるのだが。
(並盛町は私のような地味な人間が暮らすには治安もよく、暮らしやすいので離れようと思わなかったのだ。)


「私の学生時代に比べると、並盛も国際化しましたね。」


私の父は、顔にバッテン傷があって着流しを着ていて、日本刀を振り回すような(これは昔みたヤクザ映画の組長スタイルである)タイプではない。
普通の会社勤めの人のような穏やかな話し方に、さっぱりした服装。
いわゆるインテリヤクザといった風貌である。
だからこそ、甘く見られることも多いが、怒らせるととても恐ろしいということを、私は身を以て知っている。


「単なる国際化だったら良かったんだけどねぇ。どうやら、イタリアンマフィアが入り込んでるらしいんだ。」


「マフィア、ですか?それもイタリアの?」


私の頭の中で葉巻を咥えた紳士がニヤリと微笑み、ゴッドファーザーのテーマが流れる。
一体全体、マフィアが並盛に何の用だろうか。


「そう。それも、単なる短期滞在じゃなくて、長いお付き合いになりそうでねぇ。」


父上いわく、ガードが堅くて詳しくはわからないものの、並盛とゴッドファーザーのお付き合いは数年で過ぎ去るようなものではないらしい。
出来ればすぐにブーツの国に帰ってほしい。
父上のご機嫌を損ねてしまう前に。


「それでね、ここは警戒するよりも関係を作ってしまった方が利口だろうと思ってね。」


私は複雑な家庭環境に生まれながらも平均的な人間に育った。
それは、父と母の気遣いによるものだ。
そのうえ、一般的な女の子よりもお金を掛けてもらった自覚もある。
父は父なりに私を愛して、大切に育ててくれた。
組のみんなも私のことを可愛がってくれて、今でも目をかけてくれる。
私が普通に働いて普通に生きることを選んだ時も、みんな喜んで送り出してくれた。
だから助けになれるならば、どんなことでもしたい。


「無茶を言っていることは承知だし、断ってくれても構わないんだが、実はに婚約話が来ている。」


「お見合いじゃなくて、いきなり婚約ですか?」


「そう。相手はイタリアマフィアのボス。例のマフィアとは同盟ファミリーってやつらしい。こちらとしてはマフィア側の動向は知りたい、そして相手も並盛の情報がほしい。」


「なるほど。利害の一致ですね。」


政略結婚。
昔から家と家、または組織と組織の結びつきを強くするために使用されてきた手段だ。
古典的で時代錯誤だが、その分最も簡単で効果的といえる。


「組のことを考えれば、願ってもない話だ。しかし、父親としてはお前の意見を尊重したい。」


お付き合いしている男性なんていないし(むしろこれまでお付き合いしたことがない。)、私は組のことが、そしてこの街のことが大好きだ。
それならば、返事はひとつ。


「そのお話、お受けします。」


「…そう言うと思った。やっぱり、お前は豪胆だな。」


一度決めたら迷わない。
きっぱりとした性格は母譲りだ。

しかしながら、不安がないわけではなくて。


「私、イタリア語喋れませんが、大丈夫ですか?」


…コミュニケーション、とれるのだろうか。