人間の一生を支配するのは運であって、知恵ではない。
マルクス・トゥッリウス・キケロ
それは不運としか言いようのない出来事だった。
その日もいつも通り会社を出たのだ。
そろそろ夏物のスーツがクリーニングから返って来る頃だとか、実家から送られてきた梨を傷む前に食べてしまわなければ、なんて他愛無いことを考えながら電車に揺られていた。
何ら変わり映えのない日常。
嘗ては退屈だと思い刺激を求めた事もあったが、結局は平凡こそが最善だ、と最近はこんな生活にもそれなり満足していた。
「お願い、一緒に死んで頂戴。」
それがどうしてこうなった。
目の前には身に覚えの無い女。
その手には包丁が握られており、その包丁の刃は深く俺の胸に突き刺さっていた。
ああ、俺はこの女に刺されたのか。
まさか平凡の良さに気付いた途端にこんな非凡なエンドが待っていたなんて。
そもそもこの女は誰だ。
それなりに恋人は作ったが、みんな綺麗に別れて来たはずだ。
思い当たるとしたら一つ。
最近掛ってくるようになった無言電話の主だ。
『男がストーカーに遭うとか恥ずかしいし、電話だけだから平気だ』とか思って軽んじるんじゃなかった。
これって死に方の中でも最悪の部類に入るんじゃないか。
薄れる意識の中で女が笑った気がした。
「つまり、俺はめでたくもう一度新しい人生を始められるってっことか。」
「おめでとうございます?」
なんで疑問形だよ、と思いつつ温くなった紅茶を口に含む。
あの後気が付けば白い部屋にいた。
ここが死後の世界っていうやつか。
なんて感慨に耽っていると、ふぎゃっ、と言う色気のかけらもない悲鳴とべちん、と何かがぶつかったような音がした。
驚いて振り向いた先に居たのは鼻の頭を真っ赤にした小柄な女で、淡いブルーのファイルを持っていた。
その後、会話して分かったことをダイジェストにすると、実にインパクトのある登場をしてくれた彼女の名前はカペラで、カペラの所属するNOVAと言う機関に選ばれたおかげで俺はもう一度人生をやり直せると言うことだ。
「そんなに短くまとめられてしまうと、私の一時間かけた説明が無駄だったかのような哀しい気持ちになります。」
「早速説明に入りますが、質問はありますか?」
全然、全く、『早速』じゃねぇよ。それに説明されてないのにどうやって質問しろと言うんだ、とツッコミたかったが、第二の母国である紳士の国で培った騎士道精神でぐっと耐えた。
取り敢えず、疑問をぶつけてみる事にする。
「何故、俺が選ばれたんだ?」
これは気になって当然の疑問だし、抽選なりなんなり特別じゃ無いにしろ何かしら選ばれた理由があるはずだからサラッと答えてもらえるだろう。
そう思ったのにカペラは目に見えてうろたえた。
目線をしばし彷徨わせた後、怒らないでくださいね、と前置きをするのに頷いてやる。
「藤堂さんたちの死に方があまりにも可哀相だったから、って言ってました。」
素直さは、時には凶器になると知った。
Reflection
ツッコミどころ満載なカペラちゃん。
お気に入りのキャラなのでついつい話が長くなってしまいがちです。
NOVAと言い、涼丞サイドと言い、完全に一番楽しんでいるのは書いている私です。
REPLAY
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