夢に現れる、想い人。










ただ、愛しい。





004:思ひつつ













「相変わらず、物の少ない部屋ですねー。」


を自分の部屋に入れるのはこれが初めてなわけではないけれども、何度招いても慣れない。


「何もなくてつまらない?」


多少、意地悪だと承知で尋ねてみる。


「萩の部屋、本だけはたくさんあるから平気。」


…少しだけ、甘い言葉を期待しただけに、素っ気ない返事が寂しい、というのは我が儘だろうか、と思っていたら。



「それに、私は萩に会いに来てるのよ。」



視線はこちらじゃなく、この前ふたりで行った美術展の図録にあっても、その声音はやわらかかった。

には他人の心のなかが見えているのではないか、と時々思う。そのくらい、与えてくれる言葉も、とる行動も的確で、居心地が良い。

そんな彼女が好かれないはずがなく。

選ばれたのは、「特別」になれたのは自分だとわかってはいても、いつか誰かにさらわれるのではないか、と内心は不安で仕方がない。


俺の余裕なんて、所詮そんなもの。
昔から、の事に関してはペースを乱されてばかりだった。
けれど、決して悪い気はしないのだから、もう末期。


「何してるの?」


「図録を見ながら先週の展覧会に思いを馳せているところ。素敵だったなぁ、ギュスターヴ・モロー。」


ふたりでつくった思い出にすら、嫉妬してしまうんだ。


「俺に会いに来てるんじゃなかったの?」

「…一緒にいるじゃないですか。」

「俺はそれだけじゃ満足できないなぁ。」


困らせて、試すだなんて子どもじみている、とはわかっているけれど。


「…まだ図録を読んでいるのですが。」

「図録を読むのをやめろって言ってるんじゃないよ。折角だから、もっと傍にいたいだけ。」


とっておきの笑顔と甘い声で、誘う。



「おいで?」



少し不機嫌に見えるのは照れているせいだと知っているから、隣に座ろうとした腰を抱き寄せて膝に抱える。


「ちょっと!」

「大丈夫。椅子に徹しますから。」

「そういう問題じゃないんだけれど?」


回した腕でぎゅっと抱きしめる。

「萩さん。」

「なんですか。」

「集中できないのですが。」

「貸してあげるから、持って帰って読むといいよ。」

「…今は諦めろと言いたいのね。」


距離が近づいた分、強気に出てみると、彼女はあっさりと本を手放した。
テーブルに置かれた図録の表紙に踊る箔押しのタイトルがきらりと光る。


「萩さん。」

「なんですか。」

「放して欲しいのですが。」

「…くっつくの、嫌?」

「いいから放して。」


これは本当に怒らせてしまったかもしれない、と腕を解く。
今の俺は相当情けない顔をしているだろう。


と、思ったら軽くなった膝に、再び触れる感触。


「顔、見えないでしょ?」


顔を上げると、こちらを向いて微笑んでいるがいた。

とりあえず、機嫌を損ねたわけじゃなかったことに安心する。
なおかつ彼女から積極的にスキンシップをとってくれることは嬉しい。

嬉しいのだけれど。


さん。」

「なんですか萩さん。」

「この体勢はいろいろとまずいのですが。」


なんというか、俺も一応男なわけで。
愛しい恋人が向かい合わせで膝の上に乗っている、なんてシチュエーション、いろいろと思うところがあるわけです。


「くっつくの、嫌?」


小首を傾げて聞くその仕草は可愛いけれど明らかに狙っていて。


「…さっきの仕返しだったりする?」

「うん。仕返しです。」


そう言って微笑んだは小さいキスをひとつ落とした。






◇◇◇◇◇◇






「ちょっと侑士!聞いてくれよー!」

「どないしたんや岳人。朝からえらい騒いで。」

「だってな!昨日みた夢がマジ怖かったんだって!」

「…なんやそんなことか。」

「そんなことってなんだよ!おかげで俺、昨日はあんまり眠れなくて朝練ぼろぼろだったんだからな!」

氷帝テニス部レギュラーと言えば素敵な王子様集団(自分で言っていて恥ずかしい。)のように思われがちだが、気の緩んだ部室での様子は普通の中学生だ。
プライバシーどーのこーの言わないでこういうところを見せてしまえば鬱陶しいファンの女子たちが少しは減るんじゃないか、と宍戸亮は常々思っている。


「岳人の調子が出ないのはいつものことだCー。」

「うっさい!ていうか、ジローはいっつも寝てるよな。夢とかみないの?」

「あんまり見ない。」

「お前こそ、一回悪夢にうなされればいいのにな!」

「岳人、荒れすぎやで…。睡眠にはな、レム睡眠とノンレム睡眠があってやな…」

「ししどはー?ししどは夢みないのー?」

「お前は怖い夢、みたことあるだろ?」

「…なんや。俺の解説は無視かい。」


ほんと、これを見たら幻滅すると思う。
女子たちよ、現実を見ろ。


「俺もあんまり夢は見ねーな。でも、テスト前に、解いても解いても問題が終わらない夢とかみたことならある。」

「ああ。それはな、夢っていうんは起きてるときに考えとったことが…」

「跡部はどうなんだよ?」

「気になるCー!」

「…やっぱり無視かい。これはこれで天丼でオイシイけどな!」


結局のところ、マイペースな人間しか集まっていないのがレギュラーだ。
よくこれで試合に勝てるよな、と宍戸は思う。


「何の話だ?」

「夢の話をしてたんだよ!」

「夢か。氷帝テニス部を全国優勝に導くことだな。」


跡部、それは夢違いだ。


「やっぱ、部長ともなるとすげー夢みてんだな。」


岳人、お前も意思疎通がなっていないことに気付け。


によって与えられたツッコミという役割であったが、今では反射のようになってしまっているので、宍戸の脳内は常に忙しなかった。


「さっきからしゃべらねぇけど、お前はどうなんだ?」


跡部が指名したのは滝だった。
いつもはニコニコと笑いながら時々つついて会話を混乱させる男が、今日は妙に静かだった。


「ほんとだよ!滝は夢とかみるのか?」

「今朝、見たよ。」

「マジで?どんな夢だった?」

「ものすっごく、いい夢。」


笑いながら答える滝だが、その笑顔はいつも見慣れているものではなかった。
おそらく、他のメンバーよりも滝との付き合いの長い宍戸だから気付けた程度の、違和感。


「えー。いいなー。うらやまCー!」

「俺は怖い夢みて寝不足だってのに!クソクソ!」


「そうやって言うけど、あんまり良いものじゃないよ?『いいゆめ』って。」

「…なんでだ?」


自嘲ともとれるような口調に、珍しく跡部が聞く姿勢をとった。


「夢の世界で幸せであればあるほど、醒めた時が辛いから。」


…なんだか滝が物凄く悟っている。
一体どれほど素晴らしい夢をみたのか気になってきた。


「アァン?そんなの、夢が叶わないって諦めてるから辛いんだろ?だったら、現実にすればいい話だろーが。」


そう、きっぱりと言い切った跡部には、確かにそれを実行できそうなだけの、自信と実力に満ちていた。



「…それもそうだね。今日の夢、現実にしてみせるよ。」



そう言って綺麗に笑った滝の目線が、気のせいか一瞬、こちらに向いたような気がした。











Reflection


このサイトもとうとう50000HITです。
いつもご訪問くださる皆さま、本当にありがとうございます!

今回は、ゆきさまのリクエストで

・女の子主人公/お相手は滝/if未来編

と、いう設定でお送りしました。

夢オチです。(王道ですね!)

もし、「思ってたのと違う!」ということでしたら、リトライさせて頂きますので、ご遠慮なくどうぞ!

最後に、光も好きだとのお言葉を頂いて嬉しかった勢いでおまけをつくりました。

あまつそらなる人を恋ふ


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