バレンタインデー【バレンタイン・デー】
キリスト教の聖人ウァレンティヌス Valentinus(バレンタインはその英語読み)の祝日(2月14日)。
今日では英米を中心に、恋人たちがカード(バレンタイン・カード)や贈り物をとりかわす日として知られ、
日本ではとくに女性の方から愛をうちあけることができる日として、チョコレートを贈ることがさかんに行われている。
(百科事典マイペディアより)


さかんに行われている。











022:乙女の決戦







「気分が悪い…つらい。」

「空気まで甘ったるい。」



乙女の決戦日、聖バレンタインデー。
お菓子メーカーの戦略によってチョコレートを贈っての愛の告白日になってしまった2月14日。
思春期の女の子にとっては一大イベントであり、それは何処の世界でも同じらしい。


氷帝学園中のテニス部2年生はモテる。
有数の実力を誇る上に見目麗しい、と来たら女の子たちの憧れを集めるのも当然。
すなわちチョコレートの獲得数も尋常ではない。

朝練に励む部員を狙って、校舎から部室・テニスコートへの道のりは花道状態になり、コートの周囲はいつもより多いギャラリーによって、冬とは思えないほど異様な熱気に包まれていた。
しかし、コートに近付き過ぎることは部員の練習の妨げになるとして禁止されていたので、コートとギャラリー最前列の間にはおよそ5メートルの距離がとられていた。
はっきり言って異様である。

昨年、中学生になって初めてのバレンタインデーに何も考えていなかった萩と亮は女の子たちに追い掛け回され、放課後にはすっかり燃え尽きていた。
(その点、自分の席で泰然自若と構え、当然の顔をして莫大な数のチョコレートを受け取っていた跡部景吾はさすがであった。ああいうところはこの二人にも見倣って欲しい。)

そんな昨年の教訓を活かした彼らは、バレンタインデーの部活動を自粛することにした。
女の子たちの“ターゲット”を一箇所に集めるなんて愚の骨頂である。
危険性と部員の精神衛生を考慮した上での、跡部景吾苦渋の決断であった。


しかし女の子たちも負けてはいない。

「部活動が無いなら、帰路を狙えばいいじゃない。」


斯くして帰るタイミングを逃してしまった哀れな二人組を茶道部部室に招くことになったのである。



「二人とも、意外と要領悪いよね。」


断りきれずに押し付けられたのであろうチョコレートを、それぞれ紙袋に纏めてやる。
手作りと見られるファンシーなラッピングのものから、高級店の美しい包装紙まで、実にバラエティに富んでいて目に楽しい。


「要領も何も、断る隙がねーんだから仕方無いだろ。」

「忍足侑士は上手く断っていたのを見たよ、私。」

「『堪忍な。俺、裏切れへん相手がおるんや。』ってやつでしょ?あれ、真っ赤な嘘なのにねー。」


あっさりと種明かしをした萩は、「忍足に本命なんかいないよ。不特定多数と付き合ってるから。」とさらっと聞き捨てならないこと言う。


「うわぁ。ドン引きです。」

「しかも全員他校生。ほんとタチ悪いよね。」

「ドン引きです。軽蔑します。」


中二でなんと荒んだ交遊関係なんだ、忍足侑士。
恋愛に関して潔癖な所がある亮は、無言ながらもあからさまに「不愉快です。」という顔をしている。

時刻は午後四時。
まだまだ女の子は諦めないだろう。
折角の機会だし、二人に一席ごちそうしてあげようか、と思っていた時。


「なんか鳴ってない?」

「あー悪ぃ、俺の携帯だ。」


亮の携帯がなるなんて珍しいなぁ、などと失礼なことを思いながら茶菓子を物色する。


「あー。お前もか。…え?俺はまだ学校にいるけど。…いや、今出たら捕まるぞ。で、いま何処にいるんだ?…トイレって…はぁ。ちょっと待ってろ。」


電話口の相手の声は聞こえないが、おそらくテニス部員だろう。
どうやら帰りそびれて避難したトイレから出るに出れずに亮に助けを求めたらしい。
…申し訳ないが、想像したらかなり笑える。


、悪ぃんだけど、もう一人ここに呼んでもいいか?」

「跡部景吾と忍足侑士じゃないなら良いよー。」

はほんと、いっそ清々しいほど二人を避けるよね。」

「私は平穏な学園生活をおくりたい。」


私の了承を得た亮は、電話の相手に茶道部部室の場所を説明すると、もう一度私に礼を述べた。
やはり何やかんや言っても育ちの良い子である。


もう一人来るなら抹茶碗を増やさなければ、と戸棚を探していると、控えめなノックの音。
どうやら無事に辿りつけたらしい。


「宍戸さん、すみません。助かりました。俺、こんなに凄いことになるとは思わなくて…。」

「あー。わかったから。礼はここ貸してくれてる奴に言え。とりあえずあがれ。」

「…あの。じつは途中でもう一人拾ってきたんですけど…。」

「ひとり増えたくらいでうるさく言うようなやつじゃねぇから安心しろ。ほら、さっさと入れ。」


声を聞いた時点でもしかして、と思っていたが、入ってきたのは鳳くんだった。
そして、もう一人。
綺麗に切りそろえられた金髪と鋭い目付きには見覚えがある。
…主に前世で。


「え…!先輩?」

「こんにちは、そしてお疲れさま。お二人とも。」


私が茶道部員であることを知らなかった鳳くんはびっくりしたのか、一向にお連れの金髪少年を紹介してくれない。
金髪少年も諦めたのか、自分で名乗ることに決めたようだ。


「図々しく上がりこんですみません。テニス部一年の日吉若です。しばらくお邪魔させていただいてもよろしいですか?」

原作の傲岸不遜なイメージとはうって変わって、きちんと挨拶をする日吉くんは好印象だ。

「丁寧にありがとう。二年のです。滝くんと宍戸くんとは一年の頃からの付き合いです。ちなみに、鳳くんとは委員会が一緒。」


簡単に自己紹介をすると、亮と萩は鳳くんから私の話を聞いたことがあったらしく、「鳳が言ってた先輩ってのことだったのか。気付かなかったなぁ」などと白々しく話している。
知っていて、鳳くんには黙っていたらしい。
…意地の悪い先輩たちだ。

人数が増えたので簡単に煎茶を出すことに決めて、急須と湯呑の準備にとりかかる。
一年生ふたりは、茶道部部室が珍しいのか、大人しく正座しながらも視点はきょろきょろと落ち着かない。


「粗茶ですが、どうぞ。」

「おぉ。サンキュー。」

「ありがとー。」

「ありがとうございます。」

「…いただきます。」


こうやって見ると、少しずつ飲み方や湯呑の持ち方にも個性が出ていて面白い。


「…そういえば。はバレンタイン、誰かにあげたの?」

「まだあげてないけど?」

「まだ、ってことは誰かにあげる予定?」


珍しく、いやに引き下がる萩に不思議に思って周りを見ると、なぜか全員が静かに注目している。
…私がバレンタインギフトを贈るのはそんなにおかしいだろうか。


「残念ながら、好きな人に渡して告白する、とかいう面白い事はないよ?お父さんにあげるだけ。」


大阪にいた頃は光とおじさまにも渡していたけれど、さすがにこの距離じゃ渡しに行けないし、郵送するのも大袈裟だ。


「しかも、うちの父上はあんまり甘いものは好きじゃないからチョコレートじゃないし。」


基本的に父も叔父も食べられないことはないが、チョコレートは好まない。
お菓子でも、抹茶味のものやシナモン風味のものなど甘すぎないものを好む。
光もチョコレートよりも和菓子の方が好きなので、大阪にいた頃もチョコレートは作ったことがない。


「じゃあ、何にしたんだ?」

「何にした、と言うかこれから作るの。今日の晩御飯、お母さんと一緒に。」


甘いものが苦手な癖に娘からのバレンタインを楽しみにしている父のために、凝った料理を作っている。
今年は本格的なインドカレーを作ろう、となぜかお母さんが張り切っていた。


「なーんだ。からチョコ貰うの、楽しみにしてたのに。」

「ファンの女の子たちにたくさん貰えるでしょう?」

「冷たいなぁ。」


唇を尖らせて、わかりやすく拗ねてみせる萩を援護するように、亮も訴える。


「だいたい、俺達に渡しに来る女子全員が俺たち目当てじゃないんだよ。『跡部くんに渡しておいてください』とか『忍足くんにお願いします』とか言うのがほとんど。」

「俺も、同じ学年の女の子から跡部さんに渡すように頼まれて、それで逃げてきたんです。」

「はぁ…。全く、自分で渡せばいいんですよ。渡せないなら持って来なければいい。」


「…なんというか、無知ですみませんでした。」


結局、このバレンタイン騒動も諸悪の根源は跡部景吾だったらしい。
複雑な男心を抱える四人は気のせいか煎茶を啜る姿にも哀愁が漂っている。


「ごめんですむなら警察はいらないんだよ?同情するならなにか頂戴。」


後輩の前でそれでいいのかと言いたくなるような台詞を吐いた萩に呆れる。
しかし、そこまで食べたいと思ってくれるのは素直に嬉しいので、ここは腕を振るおうじゃありませんか。


「わかった。今度、何かお菓子作ってくるよ。それでいい?」

「それでこそだ。」


意味のわからない褒め方をする萩を横目に、チラチラと伺う目玉が4つ。


「亮の分もちゃんと作ってくるから。あと、鳳くんと日吉くんも、もし良かったら食べに来て?」

「いいんですか?」

「お口に合うかわからないけれど。」


本当に嬉しそうな顔をした亮と鳳くんは勿論、返事は返さないものの満更でもない顔をした日吉くんも可愛い。
これは頑張って作らなければならないなぁ、と頭の中でレシピブックをパラパラとめくった。



















Reflection


ようやっと日吉を出せました。
そして忍足の名前もようやく本編に出せました。
(拍手お礼で哀れなことになっている彼ですが。)
しかし彼にしろ跡部にしろ、ヒロインからは実に不名誉なイメージで認識されています。
…ごめんね、二人とも!



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