スピカ : デザインテンプレート



06. 24-10








軽い爆発音と共に、白い靄が広がった。
思わず、眼の前にある体にしがみつく。


「…?」


「跡部くん…?」


どうやら元に戻ったらしく、コートを着た、見覚えのある14歳の跡部くんを抱きしめていた。
そして、先ほどまで景吾さんの膝に抱えられていたせいで、自動的に跡部くんの膝に座って横抱きされている。


「ごめん!」


慌てて立ち上がろうとすると、強い力で引き止められた。


「このままで、構わねぇ。」


美しいアイスブルーと近い距離で目が合う。
さっきまで、景吾さんに同じ距離で見つめられていたときよりも、緊張して胸が苦しい。


「とりあえず、ここはどこだ?」


河原にいたはずだろう、と首を傾げる跡部くんの疑問は最もなので、きちんと説明する。


「入れ替わってから、景吾さんにタクシーに乗せられて、並盛グランドホテルに移動したの。」


流石に細かい会話の内容は恥ずかしくて言えないけれど、その後のことも思い出せる限り丁寧に話す。


「景吾さんに聞いたんだけど、やっぱり原因はあのバズーカらしくて。本当は、5分だけ入れ替わる筈のものらしいんだけど、落した拍子にイレギュラーが発生して時間が伸びたんじゃないか、って。」


まさか、あんな不思議なものが世の中に存在したなんて、驚いた。
あの子たちは一体、何者なのだろうか。
とっても気になるけれど、


「放っておいてもこのあと、あの子たちから書面で説明があるから大丈夫だって、景吾さんが言ってたよ。」


…あんなに短時間しか会わなかったのに、彼らはどうやって私たちのことを調べるのだろう、だとか色々と心配だけれども。


「それで、景吾さんは、」


「なぁ。」


ずっと黙っていた跡部くんに、言葉を遮られる。
心なしか、機嫌が少し悪そうで。


「その『景吾さん』っていうのは10年後の俺のことか?」


「…うん。」


頷くと、整った眉が寄せられた。
そして、小さく溜息。


「お前、俺のことはいつもなんて呼んでる?」


ようやく、彼の言いたいことを理解する。
今まで、かたくなに変えなかった呼び方。


「景吾、くん。」


勇気を出して呼んでみたのに、さっきよりも一層、柳眉が不機嫌にしかめられる。
決して口にはしないが、視線だけで私を咎めている。


「けいご」


痛いくらいに主張する心臓。
名前を呼ぶ、ということがこんなにも苦しいことだなんて思わなかった。
景吾は今までで一番綺麗に、満足そうに笑うと、私の頬に手を添えた。


。目、閉じろ。」


言われるがままに、両瞼を閉じる。
一度だけ、短く触れた唇は神聖な誓いのようだった。







◇◇◇◇◇



「おかえりなさい。」


「あぁ。ただいま。」


戻ってすぐ、抱きしめられる。


「中学生の俺に、何もされなかったか?」


聞いてくる表情は楽しそうで。


「知ってるでしょ?そっちこそ、中学生の私に悪さしなかったでしょうね?」


「さぁな。」


お互いが、『未来の自分』とどう過ごしてきたのか。

ようやく10年間の疑問が解けた。
新たに秘密を共有したようで、面白く感じる。


そうして、実はもうひとつだけ、隠していた秘密も打ち明ける。


「ねぇ、景吾。今年の夏はイギリスに連れて行って。薔薇園でかくれんぼ、したいの。」


それだけで、ちゃんと伝わったようで。
大好きな美しい青い目が大きく見開かれる。


「…覚えてたのか。」


「私は一度だって忘れたこと、なかったよ。だって、初恋だったから。」


「奇遇だな。俺もだ。」


静かに降りてくる唇を、目を閉じて受け入れた。