結局は似たもの同士。








微笑むクロム前提でのおはなし。
未読の方はそちらからどうぞ。




05.5:あかねさす 






光が四天宝寺テニス部に入部して、はや一年。
いくらテニス部にとって夏は試合で忙しいといえども、四天宝寺はお盆の時期は練習も休みに入る。
…生徒を気遣って、というよりも顧問の休みを確保するため、というのが『らしい』ところだ。



「今年はちゃんに会いに行くやろ?お母さんら、ちょっと旅行行ってくるから一人で行ってき!」


相変わらず事後報告な母の言葉に頷き返して(悲しい哉、生まれてからずっとこうなのでもう慣れてしまった)、大人しく荷造りをして、あらかじめ予約されていた新幹線に乗り込んだ。




「光!ひさしぶり!」


駅まで迎えに来てくれた従姉は以前会った時よりも少し、身長が伸びたような気がした。

夏らしい白いワンピースは歩く度にふんわりと裾が揺れて、膝が見え隠れする。
冷房対策のカーディガンは紫陽花色。
柔らかく編みこみされた髪も、以前よりも長くさらさらと流れた。


「…なんか暫く会わないうちにまたカッコよくなったなぁ。背も伸びたし。…うん。相変わらず自慢の従弟。」


まじまじと眺めていると、で光を見分していたらしく、嬉しそうに微笑まれた。


「あほなこと言っとらんと、はよ案内せえ。暑くて敵わん。」


荷物を片腕にまとめて、左手はの手を攫う。
軽く握るだけだったそれが不満だったのか、すぐに指を絡めるように繋ぎ直された。
この気温の高いなか、と呆れながら隣を見下ろすと嬉しそうに微笑まれてしまって。
それだけで暑さなどどうでも良くなってしまうくらいには、光はに甘い。


「遅なったけど、久しぶりやな。」

「うん、久しぶり。来てくれてありがとう。」

「ん。こっからは電車?」

「そう。切符、買っといたから、そのまま乗り換え。」

「えらい気が効くな。なんや、どないしてん。」

「前に大阪行ったとき、光にしてもらったから。真似してみてん。」


そう言って得意気に胸を張るに素直に感謝して、家へと向かった。





久しぶりに会う叔母は嬉しそうにもてなしてくれた。
の部屋は大阪にいた頃とあまり変わらず、シンプルだ。
ベッドに並べられた三体の熊のぬいぐるみ(伯父さんが暴走した結果だと聞いている)を懐かしく思いながら、他愛のないことを話した。
毎日のように電話やメールでやりとりをしていても、話題が尽きることはない。
時間の過ぎるのはあっという間で、気付けば外は茜色に変わっていた。


部屋にノックの音が響いて、遠慮がちにドアが開かれる。


ちゃん、光くんが来てるとこほんまに悪いんやけど、おつかい頼まれてくれへん?お醤油…。」

「お母さん、お約束やな…。ええよ?無いとごはん、作れへんやろ?お醤油だけでええの?」

「うん…。ごめんな?」

「大丈夫やから、あんま落ち込まんの。ということで光、ちょっと行ってくるわ。暑いから部屋で待っとって?」

「俺も行くわ。」


携帯と財布をパンツのポケットに突っ込む。
大阪時代も、よくおつかいを頼まれたに付き添っていた。
それを思い出したのか、と叔母も顔を見合わせて笑う。


「じゃあ、『いつも通り』お釣りで好きなもの買ってきて良いからね。」

「はい、いってきます。」

「なるべく早く、帰ってくるね。」



場所が変わっても、大切な関係は変わらない。




◇◇◇◇◇


仁王雅治が立海テニス部に入部して、はや一年。
いくらお盆といえども、レギュラーに休みは無い。
三連覇に向けて、最後の調整だと言わんばかりに毎日厳しい練習が待っている。
…鬼の副部長も、困り者だ。


暑さと疲労で体が重い。
もともと暑さにも寒さにも弱い。
少し涼んでアイスクリームでも買って帰ろう、とスーパーに入った。


冷房の効いた店内は涼しくて、生き返ったような気分になる。
意図的に冷蔵ケースの近くを通りながら、冷凍コーナーへ向かう。

目的のアイスクリームのコーナーにたどりつくと、見慣れた横顔が迷うようにケースをのぞき込んでいた。

気配を消して、背後から抱きついて耳元で囁いた。


、久しぶりじゃ。」


「・・っ!…びっくりした!…雅治?」


目を見開いてこちらを見上げてくるににっこりと微笑んで頭を撫ぜた。


「心臓に悪いから、普通に声かけてよ…。ほんともう!まだドキドキしてる…。」


「すまんの。…今日はえらい可愛い格好じゃ。何かあったんか?」


白いワンピースも、薄紫のカーディガンも、とても似合っている。
髪も、学校で見る時と違って時間を書けて結われているのがひと目でわかって。
似合っていてとても可愛い。


可愛いからこそ、自分が知らないところでそんな格好をしているが気に入らない。


不機嫌さを隠して何でもない事のように問いかける。
相変わらず、背後からに抱きついたままなのは、勿論確信犯。
先程からひと目が気になるのか、しきりにが自身の腕を気にしているのには気付いていたが、敢えて無視する。
経験から言っても無駄だと諦めたのだろう、取り敢えず聞かれたことに答えようと、が口を開きかけたとき、別の声がそれを遮った。


。」


黒いポロシャツに、細身のパンツ。
大きめのバックルの太めのベルトに、黒のラバーソール。
おまけに耳元にはピアスがいくつも空けられている。
整った顔立ちに、切れ長の目は冷たい印象を与えるが、それすらも魅力的に見せている。

…左手に握られている醤油のボトルでさえも、マイナス要素にならないから凄い。


「光、ありがとう。」


ぼんやりと観察している間に、はするりと腕を抜けて男の方へ駆け寄った。


「醤油買って来いって頼まれて肝心の醤油買い忘れるとこやったとか、ほんま笑えんわ。」

「ごめんって。でも、光も忘れとったやんか。」

「思い出したんは、俺や。…で、アイス決まったん?」

「決まったよ。光はいつものんでいい?」

「おん。決まったんやったら、さっさと会計済まして帰るで。叔母さん、待ってはるやろ。」


流れるような会話。
その内容は二人が親しいのだと主張するかのような内容で。
普段、自分と話している時よりもも気を許しているのがわかる。
いつもよりめかし込んだ服装も、きっとこの男のためなんだろう。

気に入らない。




「あ、まさは…「レジ、混みようから、はよ。」…またあとで!」


背を押されて、立ち去るに手を振り返す。
白い裾がふわりと揺れ、陳列棚の角を曲がって見えなくなった。


「お前さん、誰じゃ。」


ポケットに手を入れたまま、振り返った男の表情は、に向けていたそれとは比べ物にならないほど冷たい。


「自分こそ、どちらさんッスか?」


「…の友達じゃ。」


と自分の関係。

今まで面と向かって聞かれたことが無かったので、あまり考えたことがなかったが、一言で言い表すとあまりにも軽くて薄っぺらく聞こえることに、愕然とする。
本当は、友達なんて言う言葉で括りたくない。


「…今はまだ、な。」


嫌だったら、『友達』で終わらせなければ良い。
宣戦布告するかのように付け加えると、相手の纏う空気が重くなった。


のこと、好きなんスか?」


「好きじゃ。」


躊躇わず、答える。
相手がとどんな関係なのか、そんなの知ったことか。
『詐欺師』の二つ名に恥じないよう、駆け引きをしてほしいものは手に入れる。
それだけだ。
しかし、相手は動揺するどころか不敵に微笑むと、すっと瞳を細めた。


はクールで大人びてるように見えるけど人前だけで、気を許した人間の前ではホンマは甘えたなんスわ。…まぁ、意地っ張りなんでよっぽど親しい相手じゃないと甘えよらへんのですけど。その分、甘えるとべったりで手がかかるんで、面倒見切れへんと思いますよ?」


暗に自分はに甘えられている、そんな関係だと示唆していて。


「まぁ、大人しく諦めて下さい。」


握りしめた手のひらに爪が食い込んだ。
頭に血が上る、というのはこういうことか、と冷静な部分が分析して納得する。
何事もなかったかのように立ち去っていく黒を見送って、何も買わずにスーパーを出た。



夏の暑さも、さっきの男も、何もかもが憎らしかった。




◇◇◇◇◇


夕方のスーパーは案の定混んでいて、レジには長蛇の列ができていた。
チラチラと目に入るガムを買おうか買うまいか暫く悩んで、結局カゴに放り込んだ。
完全に戦略に嵌っている自分が少し可笑しい。

無事に会計を済ませていると、見慣れた腕が横から伸びてカゴを掴む。
貰った袋に買ったものを詰めると、光は自分の腕にかけた。


「ありがと。」


重たい醤油のボトルも軽々と持ててしまうところに、光も男の子なんだなぁ、と感慨深く思う。
そう言えば、さっきは急いでいてあまり喋れなかったけれど、雅治はどうしただろう、とスーパーを見回してみたけれど、目立つ銀髪はどこにも見当たらなかった。
きっと帰ってしまったのだろう。

少しずつ日が落ちて、空が紫に染まる。
手を伸ばすと、珍しく光の方から絡めるように握り返された。
角を曲がって、住宅街の細い道を歩く。
暑いからか、人の姿は殆ど無くて、長く伸びる影に目を落とした。


「…さっきのと、仲ええん?」


不機嫌さを隠しもせずに尋ねられた『さっきの』が雅治のことを指しているのは明白で。


「うん。お昼、一緒に食べてる。」


正直に答えると、光の眉が寄った。


「あんま、べたべたさせとったらあかんで。は基本的に危機感が足りひんねん。」

「…そこまで言わなくても。私も流石に駄目だと思ったらちゃんと…」


つないでいた手がぐい、と引かれる。
肩を掴まれて、耳元でビニール袋の擦れる音が響く。
思わず見上げた光の顔が近付く。


次の瞬間。
唇の端に一瞬、軽く触れた。


呆然として見つめると、そのまま額を合わせられ、じっと見つめ返される。



「何が『ちゃんとできる』や。隙だらけやあほ。」




その後の帰り道のことは、記憶が曖昧だ。












Reflection


66666Hitありがとうございます◎
5/3オーメン(?)です。
今回はしおりさまからのリクエストで、『本編のif話』。
何を書こうか悩んだ結果、冬リク企画での立海編の続きです。
最近の光くん不足を補おうとするかの如く、糖分を上げました。

リクエスト下さったしおりさま、ありがとうございました◎
お返事と簡単なあとがきはブログの方に。

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