淡いなりにもそれは確かに恋だった。
だからこそ、気付いてしまった。
「今までありがとう。別れましょう。」
自分で確信を持って告げたくせに、実際に本人の口から聞くと、辛かった。
「気付いてたんだね。ごめんね。」
なんて私より辛そうな顔で謝られたら捨て台詞すら吐けない。
完璧に不完全燃焼だ。
失恋して空き教室で泣くなんて、お約束過ぎて逆に新鮮だ。
付き合い始めた時は、こんな風に他の女の子に負けるなんて思っていなかった。
「が応援してくれると試合に勝てる気がするよ。」
なんて、嬉しそうに笑った癖に。
私を愛してくれない相手を愛し続けられる程、私は強くないのだ。
可愛らしく甘えてみればよかった?
泣いて縋ればよかった?
冗談じゃない。
私の矜持はそこまで低くない。
けれど、今だけは。
誰もいない今だけはちょっとくらい泣かせてくれてもいいのに。
神様はとことん私が嫌いらしい。
ドアから覗いたのは夕陽のようなオレンジ色の頭だった。
あんな派手な頭、この学校には一人しかいない。
「こんなところにいた。」
それは普段の千石くんからは考えられないような静かな声だった。
けれど泣き顔を見られるわけにはいかない。
何か用があるのだとしても、今日は構っていられない。
ひったくるように鞄を手にとって、小走りでドアへ向かう。
さすがに今回は空気を読んでくれるだろう、と普段なら絶対選ばない『逃げ』を選択した。
唇をきつく噛みしめてドアに手を掛けた時、耳元でバン、と言う音がした。
突然の大きな音に、反射的に肩が震える。
千石くんが扉を押さえていた。
「通して。」
「いやだ。」
有り得ないくらいに即答だった。
ならば後ろのドアから出ようと体を横にずらそうとすれば、再びバン、と言う音がして、私は千石の両腕に閉じ込められていた。
悔しさにさっきまで収まっていた筈の涙腺が再び緩みだす。
「お願いだから…離して、よ。」
自分でも情けないくらいに弱々しい声だった。
鮮やかなオレンジ色の髪が視界にチラチラと映る。
「泣かないで…」
そう言った千石くんの声があまりに苦しげだったので、突然縮められた距離に反応が遅れる。
そのままきつく抱きしめられた。
背中に感じる鼓動は酷く早い。
時間にしてほんの数十秒。
それが永遠のように長く感じた。
縮めた時とは反対に静かに距離を離して、千石くんは私の体を半回転させる。
こちらを見つめる瞳は切なげだった。
「弱ってる時につけ込むなんて自分でも卑怯だって思うけど、もう我慢の限界なんだ。」
そう言って笑おうとした顔は失敗して酷く情けない顔になっていた。
くしゃり、と前髪をかきあげて静かな溜息をひとつ落とす。
「俺は、ちゃんのことが好きだよ。」
真剣な瞳に射抜かれる気がした。
この眼は知っている。テニスをしている時と同じ眼だ。
一瞬、胸が詰まって息ができなくなる。
「すぐに返事を欲しがったりしないから、ゆっくり考えて。」
最後に私の頭を静かに撫ぜると千石くんは静かに微笑んだ。
今までこの人の何を見て来たと言うのだろう。
知らない。
こんな千石くんは知らない。
心臓が煩い。
夕陽のような後ろ姿が完全に見えなくなったのを確認すると、その場に崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ。
Reflection
慎重に、慎重に。
チャンスが来たなら逃さない。
フラれる言葉で10題
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