引かれたトリガー










最初は単なる興味だったんだ。





002:柔らかな感情








幼稚舎から氷帝学園に通っていた俺は、当たり前のように中等部へ上がった。


校舎と制服が変わっただけで見慣れた顔ばかりで大した変化などない。


そう思って迎えた入学式は俺の予想を大きく裏切った。



跡部景吾。


イギリスからやって来た編入生は氷帝学園中を圧倒してしまった。


そのカリスマ性とテニスの腕は素直に認められるものだ。


しかしそれとこれとは別なわけで。







『滝くん、跡部くんとよく話す?』










現在のクラスメイトから幼稚舎で低学年の頃に一度一緒のクラスになっただけの生徒まで、跡部の情報を少しでも俺から聞き出そうとするようになった。


正直、ただ同じテニス部であるというだけでテニス以外の話はしないし、一年生とは言え部長の跡部と俺とじゃそんなに接点があるわけもない。


いちいち女の子の相手をするのもそろそろ面倒になっていた。



そんな時、クラスの女の子の中で、一人だけ雰囲気が違う子がいることに気が付いた。


今まで見かけたことの無い子。


顔立ちは間違いなく整っている方に入るだろうが、大人しくてあまり目立たない。


女の子たちが話す跡部の話題に加わるでもなく、自分の席で読書しているか、授業のノートをまとめている。


気付くと彼女を目で追っていることが増えた。


だから、彼女が俺に声を掛けてくれた時は嬉しかったと同時に失望した。








『滝くん、テニス部だったよね?ちょっとお願いがあるんだけど…』










結局は彼女も大抵の女の子と同じで、『跡部と同じテニス部の滝萩之介』に用があるのかと思うと何故か、以前仲が良かったクラスメイトに同じことを聞かれた時よりも、がっかりした。


いつもの如く、跡部の私生活までは知らないとはっきり言うか、跡部のテニスプレイについて延々話して煙に巻くかしよう、と考えた時だった。







「このファイル。榊先生に跡部景吾に渡すように言われたんだけど、部活で会った時に渡しておいてほしいの。」










そう言って渡されたのは確かにテニス部の活動記録が綴じてあるファイルだった。


予想外の言葉に吃驚したのと、初めて聞いたさんの声に意識が集中してしまったせいで、頷く事しかできなかった。


さんは俺の返事(と呼べるかも微妙な頷きだった。)を確認すると、綺麗に笑って帰ってしまった。



















「だから席替えで隣になった時はもうこれは運命だろうと思って。絶対仲良くなろうって決めたんだ。」










夏休みの補講のあと珍しく部活が休みだったので、家にと宍戸を招待した。


それで何がきっかけだったか、俺のへの第一印象を話したのだけれど。







「なんか萩の言い方じゃ、私がめちゃめちゃ暗かったみたいじゃない。それなりに女の子とも話してるからね?それに、その後の一番肝心なところを忘れてるよ?」




「仲良くなりたい、って言ったこと?」




「お前、そんな恥ずかしいこと言ったのかよ?」










本心だったんだからしょうがない。


俺はもともと回りくどいことは嫌いなんだ。







「萩って綺麗な顔して性格は男前だよね。」




「それって褒めてる?」




「もちろん。」










けれど正直、自分のことを話しておいて相手の事は知らない、と言うのはあまり気分の良いものではないので。







と宍戸の初対面の話も聞きたいな。」










そう言った途端、急に宍戸が焦り出した。


逆には肩を震わせて、今にも笑いだしそう。




…一体どんな出会いだったんだ。










「宍戸があんまりにも話を聞かないから、私が力づくで言うこと聞かせたの。こうやって。」










次の瞬間、の白い腕が伸びて来たかと思うと、至近距離で見つめられていた。


頬には冷房で冷えた手のひらの感触。


身長差で自然と上目使いになったは悪戯が成功したかのような笑みを浮かべた。







「滝萩之介を呼べ!って。」




「いや、もっと長々怒られたぞ、俺は。」










は何事も無かったかのように俺の頬から手を離すと、宍戸と喋り始めた。


鼓動が速い。


まさか、こんな時に気付くとは思わなかった。







どうやら俺はずっと前からを女の子として好きだったらしい。










あの瞬間のの長い睫毛や微かに感じた甘い香りが頭から離れない。


一度自覚すると、案外すんなり認められた。


思えば、自分から声を掛けようと決めた時から始まっていたんだ。







「でも、よかった。萩と亮と仲良くなれて。こうやって三人で喋るの、凄くたのしい。」










でも、君がそう言うなら。


今はまだこんな関係も悪くない。


三人で過ごす時間は俺もそれなりに気に入っているから。







「それも俺の英語のノートのお陰だね。」




「そう言えば私まだジュース奢ってもらってなかったよ!」




「なんのことかなぁ。」




「とぼける気か!見損なったぞ滝萩之介!皆の前でタッキーって呼んでやるからな。」




「勘弁してください。冷凍庫にダッツがあるからそれでお許しを。」




「よかろう。」




「なんで時代劇口調なんだよ。」




「「なんとなく?」」
















俺の方法で緩やかに、距離を縮めてゆけばいい。























Reflection


本編の都合で長く空いてしまう夏休みを埋めようとした滝視点。

やっちゃいました恋愛要素!!

一番初めに自覚したのはこの子です。

けれどすぐに関係を変えようと急いだりはしません。

光とは別方向に大人びた子です。





REPLAY
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