I wait for autumn.














それは、トクベツな存在。







001:秋待つ野菊











財前光は無愛想と評されることが多い。


年の離れた兄や一つ年上の従姉の影響か、大人びた子どもに育った光は人と付き合うことが苦手だった。


同級生たちの話は家族やの話に比べて要領を得ないし、瑣末なことですぐに揉める。


面倒な事にはなるべく関わりたくない。


そう思って一線を引いたが為に、いつの間にかクラスでも学校でも浮いた存在となってしまっていたが、別段気にすることも無かった。


だから、今の状況が不思議でならない。







「前から財前くんのこと、好きやってん。付き合ってくれへん?」










そう言って小さく首を傾げた彼女の顔は知っている。


確か過去に二度ほど同じクラスになったはず。


けれども、光にとって彼女の認識はその程度で、特に話をした覚えもない。


一体自分のどこを見て、好きだと思ったのか?


それは純粋な疑問であり、年相応の無遠慮さで光は尋ねた。







「俺、自分とあんま喋った覚え無いねんけど。なんで?」




「そんなん関係ないねん!私は今から財前くんのこと、知って行きたいし、私の事も知って欲しいと思ってる。」












彼女は一般的には可愛いと評価されるであろう顔をほんのり上気させて熱心に語りかけて来るが、こちらの質問の答えになっていない。


光は冷静に考えて、結論を出した。







「それ、俺の事好きなんとちゃうで。誰かと付き合ってみたいだけなんとちゃうん?やから、無理。」










オブラートに包まれずにそのまま投げ付けられた言葉と、それに乗せられた否定の意志との相乗効果で大いにダメージを受けた女子の目には、みるみる涙が溜まっていく。


そうして、しゃくりあげる声が聞こえたかと思うと、一度決壊した涙は留まることなくその頬を伝い続け、教室のクリーム色のタイルに染みを作った。


酷い罪悪感を感じるが、どうすることも出来ない。


今日知り合ったばかりの(光はそう認識している)、名前も知らない同級生を気遣えるような余裕と経験値は十一歳の光にはまだ無かった。


そもそも、自分が泣かせておいて、慰めるなんておかしな話だ。


よって、ただひたすら相手が泣きやむのを待つしかなかった。







「…やっぱり、さんのことが好きなの?」










唐突に泣きやんだかと思うと、再び咬み合わない会話に引き戻される。


少々うんざりし始めていた光は、答えるのが億劫になっていた。


一体今日はなんの厄日だ。







「はぁ。やったらなんなん?」




「でも、いとこ同士でしょ?」




「姉弟やったらあかんけど、いとこやったら法律では何の問題も無く結婚できんねん。」










実際、光の母は、事あるごとにを息子の嫁にしたいと口走る。


『何かを断るときは、断る理由をはっきりさせないと相手は引き下がらない』とは何かの折に伯父が言っていた言葉だ。


その断る理由として、の名前を無断借用することはあまり好ましい事では無いが、今はともかく早くこの場から解放されたかった。


予想通り、彼女は今日のところは引き下がってくれるらしく、くるりと踵を返すとドアの方へ歩いて行く。







「私も財前くんのいとこに生まれたかった。」










それはきっと彼女にとっては何気ない台詞だったのだろう。


けれどもその言葉は光の心に無視できない程度の違和感を残した。

















現在は東京の私立中学に通っている従姉のは、光のことを最も理解してくれる存在だ。


血縁的には兄や両親の方が近い筈なのに、その三人が取り零すような僅かな感情の変化さえも、には見破られてしまう。


けれども、不思議とそれに居心地の悪さを感じる事は無かった。


辛いことがあったときに、一番に手を差し伸べてくれたのはいつもだった。


そんなの手になら素直に縋ることができた。


それゆえに、光にとっての彼女の存在は一言であらわせない。


色々なものを共有して、傍に居る事が当たり前の関係だった。







「ひかる…私、こっち来てから全然友達できへん。なんか話が合わへんねん。」




「まだ始まったばっかやのに、何弱気になってんねん。」












口ではを励ましながらも、心の奥では彼女が自分の知らない世界を築こうとしていることに不安を感じている。


いつかこうやって電話で頼ってくれることも無くなるのではないか。


物理的な距離がそのまま心の距離になる日が来るのではないか、と。







「なんか一気に人間関係に自信が無くなってきた。」




「アホやなぁ。別にクラスに拘らんでも学年の半分は女子やろ?もっと言えば学校の半分が女子や。どうしても見つからんかったら他所の学校で探せばええやろ?」










きっと泣きそうな顔で困っているんだろう。


電話の向こうで見えない筈の従姉の表情までわかる気さえする。


離れてみて、初めて気付かされる。


自分も彼女に依存していたのだと。




今まで近過ぎた分、どうやって距離をとったらいいのかわからない。


けれど、いつまでもお互いに寄りかかってばかりではいけないのだろう。


今はまだぎこちなくても、いつかの手を引いてしっかりと歩けるようになりたいと思う。


それは、彼女が従姉だから、という理由じゃない。


彼女が『』だから、自分は隣に居たいと思うのだろう。


だから、例え他の人間が今の彼女のポジションにいたとしても、こんな関係は築けなかった。


心に沈んでいた澱の正体はわかってみれば酷く簡単なもので。







「それでもどうしてもアカンかったら大阪帰ってきたらええねん。」
















今度はこちらから手を差し伸べるから。





















Reflection


エスカ様より1000HITのリクを頂き、書いてみました。光視点。

難しい!私が書くと光のキャラがなんか違う気がする…。

ヒロインだけでなく、光の方もヒロインに依存してますよ、っていう話。

今のところ、恋愛感情ではありません。家族愛。

エスカ様、こんなのでよろしかったでしょうか?お気に召さなければ、リベンジさせて頂きますので、遠慮なくどうぞ。



REPLAY
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