「腹へって死にそう…。」
「朝ごはん、食べて来なかったの?」
「…寝坊した。」
授業には十分間に合う時間だったが、朝食と朝練を天秤にかけて、朝練をとってしまった。
テニス馬鹿、と呆れられても構わない。
いまはテニスが楽しくて仕方がない。
「昼まで持ちこたえられる気がしねー。」
「あと3時間半はあるもんね。」
不幸なことに、今日は購買で買うつもりで弁当も持ってきていない。
ぐったりと机に伏せていると、ふと肩を叩かれた。
「本当は、後で茶道部の後輩と食べるつもりだたんだけど、亮があまりにも哀れだから恵んであげようではありませんか。」
きちんと手入れされた鞄から取り出されたのは可愛らしい花柄の袋。
中身は見えないが、甘い香りが漂ってくる。
「昨日、楓と一緒に作ったの。黒木くんにお菓子をあげたいけど、作ったこと無いから教えてー!って言われて。私はコーチ役だったから、数はあんまり作らなかったんだけど。」
「マジで助かる…。ありがとう。」
紙袋を受け取ろうと手を伸ばすと、ひょい、と躱される。
「ただあげるだけじゃ面白くないから、クイズ形式にします。」
「クイズ…?」
いいことを思いついた、というようににっこりと微笑むと、俺に目を瞑るように指示する。
空腹には代えられないし、こいつに何か危害を加えられる心配はしていないので、大人しく目を瞑った。
「では、口を開けて下さい。」
これも、言われたとおりに従うと口の中に柔らかいものが押し込まれる。
そのまま噛むと、ふんわりと甘さが広がった。
「さて、問題です。このお菓子の名前はなんでしょう!」
これまで何度か作ったお菓子を貰っているので、記憶の中から必死に検索する。
甘い焼き菓子。
舌に乗ったとき、表面に凹凸があった。
そして、一口で収まるサイズ。
「あれだ、マドレーヌ!」
「おお!正解!」
正解を言い当てられたことが嬉しかったのか、ニコニコと微笑まれて、悪い気はしない。
ちゃんとわかったから、好きなだけ食べていいよ、と差し出された紙袋から、貝殻型の焼き菓子をつまんで口に入れる。
「うん。うまい。」
◇◇◇◇◇
「…潤くん。」
向かいに座る楓は呆れ顔だ。
そりゃあそうだ。
俺も、表情がはっきりと出るタイプなら同じ顔をしていただろう。
「手作りお菓子を焼いて、潤くんとラブラブしようと思って来たんだけど、付き合ってない人たちが私達よりラブラブってどういうことですか。」
「うん。しかも本人たちは何とも思っていないからたちが悪いね。」
目を瞑って女の子からお菓子を食べさせてもらうなんて、男にとっては非常に羨ましいシチュエーションだ。
しかも、仲よさげに話す姿は傍から見たら、いちゃつくカップルでしか無い。
「後で宍戸をからかってやることにする。」
きっと、無自覚純情少年は顔を真赤にするに違いない。