アイスクリーム


部活終わり、体温が上がった体には冷たい風が心地良い。
重いテニスバッグを肩に背負って門へ向かって歩いていると、見覚えのある後ろ姿が少し前を歩いているのに気付いた。
追いついて、意識して低めた声を出す。


「…先輩。俺、前に言いませんでしたっけ。遅い時間に一人で帰らないでください、って。」

「…鳳くん。」


あからさまに『やってしまった』という顔をして振り返った先輩は、気まずそうに視線を逸らした。
日はすっかり沈んで、校舎の明かりもほとんどついていない。
門までの道すがらぽつり、ぽつりと灯った街灯がかろうじて道を照らしているだけ、という状況。
誰がどうみたって、女子が一人で下校するには相応しくない。
この先輩はしっかりしているくせに、危機感がないから見ていてハラハラさせられる。


「おくっていきます。」

「え、でも悪「おくって行きます。」…ありがとうございます。」


拒否権はない、と言わんばかりに強い口調で被せると、しぶしぶといった様子で納得してくれた。


「テニス部ってこんな時間まで練習してるの?」

「全員が全員、残るわけではないですけど、やる気のある部員はだいたい残ってます。」

「遅くまで、大変なんだね。」

「はい。で、先輩は『こんな時間まで』何を?また図書館ですか?」

「…お察しのとおりです。」


口調がついつい刺々しくなるのは、心配ゆえなので許して欲しい。
テニス部以外で唯一、親しくしている先輩。
委員会でいきなり厳しいことを言われたときは上手くやっていけるか不安になったが、長く付き合っていくうちにその人柄にどんどん惹かれていって。
今では最も尊敬する先輩のうちの一人だ。


「鳳くん、ちょっと待ってて。」

「あ、先輩!」


突然スタスタと歩いて行ってしまった先輩を慌てて追いかけようとするが、『待ってて』と言われてしまった手前、動くことを躊躇う。
この辺りは、委員会での上下関係が染み付いていしまっている。
未だ部活の熱の冷めない体に深呼吸で冷たい空気を送っていると、片手に白いビニール袋を下げた先輩が戻ってきた。
コンビニにでも行ってきたのだろうか。



「おまたせしました。ちょっと待ってね…はい。」



がさがさと袋から取り出されたのは、2つに分けられるタイプのチューブ入りのアイス。
2つに分けた片方を俺に手渡すと、もう片方を咥えた先輩が、こちらを見て悪戯っぽく微笑む。


「冬のアイスも、なかなか良いでしょ?」


返事の代わりに、渡されたアイスを先輩を真似て咥える。
口の中に広がるチョココーヒーの風味と、舌に伝わるひんやりとした感覚。


「寒くないのはありがたいんだけど、氷帝の図書館の暖房、効きすぎて暑いんだよね。」


唇を尖らせて文句をいう先輩がなんだか可笑しい。
一足早くアイスを食べ終えて、空になったパッケージを先輩から受け取ったビニールにまとめる。


「あ、先輩。くちもと、ついてますよ。」


それは本当に無意識の行動だった。
喋りながら食べていたからか、先輩の口端についてしまったアイスを指で拭った。
少し触れた唇は驚くほど柔らかくて。

きょとん、とした表情でこちらを見上げる先輩と目があって我に返る。



「す、すみません、俺…!」



決してやましい気持ちからでは無かったとはいえ、女性の顔に勝手に触れるなんて、やってはいけないことだ。
羞恥に顔が熱くなる。
行き場を失った指をどうしようか迷っていると、ふと柔らかいものに包まれた。


「ありがとう。指、汚れちゃったね。ごめんね。」


見下ろすと、照れたように笑う先輩がハンカチで俺の指を拭っていた。


「俺の方こそ、すみません!」

「何が?顔にアイスつけるとか、ちっさい子みたいで恥ずかしいから内緒にしといてね。」


そう言って、先輩はくすくすと無邪気に笑うから。

触れた時に過ぎった邪な感情はこっそり隠しておくことにした。






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