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overprotection


放ってなんかおけない





※連載中の『REPLAY』とは別ヒロイン設定です。





「体操服を貸してください若さん。」

「自分のはどうした。」

「…多分、鞄ごと玄関に置いてきた。」

「馬鹿。なんでこんな日に忘れるんだ。」


呆れた、と言わんばかりに大きなため息をひとつ吐いて、我が弟殿は私に体操服の入った袋を手渡してくれた。


「ありがとう。凄く助かる。」


体育の授業なら他のクラスの友達に借りればすんだけれど、あいにく今日は学年スポーツ大会。
3年生は全員体操服を着用して参加しなければならない。
若が体操服を持っていて良かった。
こういう時、同じ学校に弟がいると便利だ。


「明日、体育ある?」

「三限目。」

「じゃあ、帰ったら急いで洗濯しておくね。」


最後にもう一度お礼を言うと、いいから早く着替えないと遅れる、と叱られた。
私のほうがお姉さんのはずなのに、ここ数年は私が若に叱られる方が多い。
これでは立場逆転だ。
(しかし弟がしっかりしているのは喜ばしいことなので、目を瞑る。)


先輩!」


借りた体操服を大事に抱えて二年生の教室の並ぶ廊下を歩いていると、背後から聞きなれた声に呼び止められた。


「長太郎、こんにちは。」

「こんにちは。…先輩、めずらしいですね。なんでここに?」


弟のチームメイトで友人なこの後輩は、若を抜きにしても話す機会が多い。
広い氷帝内でもなぜか遭遇率が高いのは、長身に銀髪という彼の目立つ容姿のせいだろうか。
恥を偲んで、忘れた体操服を若に借りたことを説明する。


「そういえば、3年生はスポーツ大会でしたね。先輩は何の競技に出るんですか?」

「じゃんけんで負けて、サッカーです。」

「…屋外ですね。日吉に借りた袋の中に、ジャージ入ってましたか?」


言われて確認すると、シャツとハーフパンツしか入ってなかった。
一緒に袋を覗き込んでいた長太郎は、「ちょっと待ってて下さい」と言うと、教室に入っていった。
言われたとおり、大人しく待つ。


「今日は冷えるんで、これ着といてください」


差し出されたのは、長太郎のものであろう、『鳳』と縫い取りのしてある学校指定のジャージだった。


「ありがたいけど、今日はそんなに寒くないし、運動すればあったまると思うから平気だよ?」


苦手とは言え、やるからにはとことん走りまわるつもりでいる。
すぐに半袖でも気にならなくなるだろう。
それに、気遣いはありがたいけれども、弟の友達から体操服を借りるのは申し訳ない。


「先輩、短時間とは言え体を冷やすのは良くないです。それに、紫外線ってこわいんですよ?」


「この時期もなかなか油断できません」と言う言葉に一応乙女の身としては心が揺らぐ。
そして「俺のクラスは今週はもう体育無いんです」という決定打。


「…お借りします。」


かくして、弟の体操服と後輩のジャージを装備して、スポーツ大会に臨むこととなったのである。



◇◇◇◇◇


着替えてみると、当然のことながら、サイズが大きい。
若から借りたハーフパンツは大きいけれども、紐で絞ればなんとかならなくも無いし、シャツは大きめでも何ら問題は無い。
ただ、やはり長太郎から借りたジャージは大きい。
…ものすごく、大きい。


「おい、お前どうしたんだその服。…ああ、長太郎のか。」

「紫外線から身を守るために借りました。」


ジャージに着られている状態の私をまじまじと長め、宍戸くんは肩をすくめた。


「よく見ると、中の体操服も自分のじゃねぇだろ。」

「こちらは若からレンタルしました。」


自分ではなんとかなっていると思っていても、やはり他人から見るとサイズが合っていないようだ。
若も成長したのだなぁ、となんだか感慨深くなる。
昔はあんなに小さくて、道着の帯が自分で結べなかったのに。
そんなことを考えていると、校舎から近づいてくる姿。


「…あっちから来るの、長太郎じゃねぇか?」

「ほんとだ。」


午後の授業ぶち抜きでスポーツ大会をしている3年生と違って、1・2年生は通常授業だ。
時計を見れば、ちょうど休み時間だった。
そう言えばさっきチャイムが鳴っていた気がする。


「じゃ、俺行くわ。」

「なんで?長太郎、たぶんこっち来るのに。」

「…だからだよ。それに、長太郎が用があるのは俺じゃなくてお前だから、問題ない。」


チームメイトと今のうちに作戦でも練っておくか、と歩いて行ってしまった宍戸くんと入れ替わりに、長太郎がやってきた。


「先輩、どうですかスポーツ大会。」

「どうも何も私のチームはまだ一試合もしてないよ。」


お陰で体があったまるどころじゃない。
長太郎にジャージを借りて良かった。
改めて感謝の言葉を述べると、まじまじとこちらを眺められた。


「俺のジャージ、やっぱりちょっと大きかったですね。」

「ちょっとどころじゃない。だいぶ袖が余る。」


おばけごっこができそうな程、手の部分が長い。
でろーん、と袖を垂らして見せると、苦笑された。


「手、貸してください。」


素直に両手を差し出すと、余った袖がくるくると均一に曲げられて行く。
大きな手が意外にも繊細な動きをするのは、一度ピアノを聞かせてもらった時に知っている。
しかし、いつ見てもなんだか面白い。


「はい、完成。」

「…ありがとう。」

「それにしても、先輩、手首細い。」


力をいれたら折れそうだ、と言いながら掴まれて思わずびくりと体が震える。
ちらりと自分よりだいぶ高いところにある後輩の顔を窺うものの、にっこりと微笑まれるだけで、一向に離してくれる気配がない。


「…あの、長太郎。離して?」

「そんなに心配しなくても絶対に折りませんから安心して下さい。」


別に手首を折られるだとか本気で心配しているわけではないが、なんというか私も年頃の女子なわけで。
いくら後輩で弟の友人とは言え、男の子に触られると緊張するし、恥ずかしい。


「先輩、今だいぶ脈が早いですね。運動してたからかな?」

「…今日はまだ運動してない。」

「じゃあ、なんでかな?」


私が恥ずかしがっているのに気付いていて、わざとらしい。
長太郎が時々こういう意地悪をするのは最近知った。


「長太郎が握ってるからに決まってる。」

「俺に触られると、ドキドキします?」

「現に今、脈が早まってるでしょう。先輩をからかってないでいい加減離して。」


睨むように言うと、ようやく手首が解放された。
なぜか満足そうな顔をしている長太郎に、教室に戻るように促す。


「ちゃんとジャージ、着ててくださいね。」


最後に頭をするりと撫ぜられ、校舎へ帰って行く後ろ姿を見送る。
私のほうが年上なのに、若と言い、長太郎と言い、子供扱いされているように感じるのは気のせいだろうか。



◇◇◇◇◇


サッカーは、なんとか全勝した。
チームメイトにサッカー経験者が3人もいたのが勝因だろう。
私はと言うと、普段から運動をしないせいで派手に転んで軽く足を捻ってしまった。
そこそこ痛むので、保健室に寄って帰ろうと思って廊下を歩いていると、こんな時に限って出会ってしまうもので。
向かいから歩いてきた若は、私に気付いて足を止めた。


「そのジャージ、どうしたんだ。」

「長太郎が貸してくれた。」


一番に目に止まったのはやはりサイズの合わないジャージだったらしく、眉を顰められる。


「ジャージなら俺も持ってる。人に借りる前に、まず俺に聞け。」


他人に頼ることを潔しとしない若としては、やはり気に入らなかったのだろう。
呆れたように溜息を吐かれてしまった。


「…次から気をつけます。じゃあまた、後でね。」


せめて転んだことは悟られないように、ひねった足を我慢して歩く。


「…医務室は逆方向だぞ」


どうやら、私の努力は無駄だったらしい。
「ばれちゃったか」と小さくつぶやくと、「何年一緒にいると思ってるんだ」と言う言葉が返ってくる。


「で、大丈夫なのか」


こちらを見る表情は相変わらず不機嫌そうだが、その目には心配の色が浮かんでいる。
だから正直に白状する。


「…本当はすごく痛い。」

「…馬鹿。ほら、掴まれ。」


差し出された腕をありがたくお貸りして歩く。
いつの間にか見あげなければならなくなった頭がさらりと揺れた。


◇◇◇◇◇

その後、医務室で診てもらうと軽い捻挫だった。
手当はしてもらったが、一応安静にしたほうが良い、ということで帰りは若が付き添ってくれることになった。
(余談だが、部活の欠席許可をとりに言った先で、跡部くんは若に私の見事な転びっぷりを面白おかしく吹聴したらしい。…彼はもう少し口を慎むべきだと思う。)

そうして、無事に家に帰ってきたのだけれど、問題はここからだ。
捻挫した足のことを考慮して、ベッドに座らせられた私の向かいに立っている若の無言の圧力が苦しい。
腕を組んで普段よりも遠い距離で見下ろしてくるその表情は苦々しい。


「体操服は忘れる。転んで足首を捻る。注意力散漫だ。」

「…おっしゃるとおりです。」

「大体、あんな大きいジャージを着てたら、動きにくくて転んで当たり前だ。」

「いや、転んだのはボールを蹴ろうとして足を滑らせて…続けてください。」


一応、訂正を入れようとしたら、ものすごい顔で睨まれたので断念すると、本日何度目かわからない大きな溜息を吐かれた。
若の幸福が逃げたら確実に私のせいだろう。


「何かあったらとりあえず俺に言え。他人に迷惑をかけるな。」

「ごめんなさい。」

「それにしても、軽い捻挫で済んで良かった。」


「しかしあんな短時間のサッカーでよく捻挫なんかできるな」と呆れたように言われる。
皮肉交じりの言葉とは裏腹に若の顔に浮かんでいる表情は柔らかい。


「明日は、いつもより一時間早く起きろよ。」


唐突に言われた言葉に一瞬、道場の早朝練習か何かがあっただろうか、と頭を巡らせるが、暗に「一緒に学校に行ってやる」と言ってくれているのだと気付く。
不器用な優しさ。
若の気遣いはひねくれているけれど、ずっと長い付き合いの私にはわかりやすくて愛しい。
口は悪いけれど優しい、私の可愛い弟。


「ありがとう、若。」

「寝坊したら置いていくからな。」



◇◇◇◇◇


「鳳。これ、返す。が世話になった。」


渡されたのは、昨日、大好きな先輩に貸したジャージ。
これを貸したのは、単純に寒さを気遣っただけはなくて、ちょっとした下心と少しの嫉妬もあった。
日吉の体操服を着るであろう先輩を想像すると、嫌な気持ちになった。
だから自分の名前の入ったジャージを渡した。
それはさながらマーキングのようで、我ながらなかなかに独占欲が強いと思う。
実際、サイズの合わない自分のジャージを着ている先輩を見ると、心が満たされるのを感じた。


「家族として言うが、お前はに過保護すぎだ。あんまり甘やかさないでくれ。」

現在、自分の恋路の最も大きな障害になっているのは、他人には無関心な癖に姉にはやたらと過保護な日吉の存在だ。
興味のない相手に対して日吉がどんなに冷たい目を向けるか、先輩はきっと知らないだろう。
だからこそ、俺としては面白くなくて。
普段は口に出さない本音を乗せて、反論を試みる。


「それを日吉が言う?日吉こそ、そろそろ姉離れした方が良いんじゃない?」

「姉離れも何も、は実の姉じゃない。」


一瞬、言われた内容を理解できなかった。


「戸籍上では従姉だ。」


だから問題はない、と言わんばかりにさらっと吐き捨てる。
しかしこちらを見つめる目には明らかに敵意が込められていて。

…思っていたよりもライバルは本気らしい。
これは長期戦になりそうだなぁ、と小さく溜息を零した。


【Reflection】

60000Hitありがとうございます!
日頃の皆様のご愛顧に感謝です◎

今回は佐倉さまのリクエストで、
『鳳長太郎(腹黒ワンコ)と日吉若(ツンデレ)にアタックされてたじたじな年上ヒロイン(日吉義姉)』

個人的にもグッとくる設定で、大変楽しく書かせていただきました。
素敵なリクエスト、ありがとうございました。
ドキドキしながら献上させて頂きます。

佐倉さまへのお返事と、簡単なあとがきはブログの方で。