2011冬リク企画





006/無自覚なくちびる


2011.Winter















!」

「リョーマ!久しぶり。」


広い空港のロビーでも、迷うこと無く見つけられた幼馴染。
前にあった時よりも身長が伸びて、顔立ちも心なしか大人っぽくなっている。
口角だけを上げる、独特の笑い方をしたリョーマの「こちらへ来い」というようなジェスチャーに、大人しく顔を寄せる。


ちゅっ、と頬にやわらかい感触。


アメリカで生まれ育った子だから、小さい頃からスキンシップは激しかったが、まさかこの年になってまで恥ずかしげなくキスされるとは思わなかった。
…まぁ、日本に帰ってきた私と違って、リョーマにとっては当然の習慣なのだろうが、やはり恥ずかしいものでして。


「ん。」


照れている私に気付いている癖に、自分の頬を指してこちらを見てくるリョーマは確信犯だ。
男の子にしては少し長めの黒髪を梳いて、柔らかそうな頬にくちづける。
一応、幼少期はリョーマと一緒にアメリカで過ごしたものの、前世の記憶も持っている私としては、非常に恥ずかしい。


「恥ずかしがること、ないのに。」


そう言って笑うリョーマは、可愛らしいけれど憎たらしい。


「久し振りだね。元気にしてた?おじさまも、おばさまも元気にしてる?」

「フツー。」


誤魔化すように、会話を振る。
今回、リョーマは私の家に滞在することになっている。
来年は日本の中学に入学する予定なので、一度日本を見学しておこう、というのが目的。


「ねぇ、リョーマ。」

「ん、なに。」


やっぱり、小さい頃から一緒に育った幼馴染に久しぶりに会えるのは嬉しくて。
リョーマの左手に、そっと指を絡める。


「会いたかったよ。」


ふいっ、と顔を背けられてしまったけれど、手を振り払われることは無かったから、照れているのだろう。
小さな仕返しが成功したのが嬉しくて、ついつい顔がにやけてしまう。


「…鈍感。」

「ん?なぁに?」

「別になんでも。」

「気になるんだけど?」

「じゃあ、そのまま気にしてて。」

「…リョーマ、意地が悪くなったね。昔はあんなに可愛かったのに…。」


小さい頃は、私のことをお姉ちゃん呼びしていて、すごく可愛かったのだ。
それが、年々生意気になっていく姿が少し寂しい。
けれど、ただ会わないうちに上げたのは生意気スキルだけでは無かったようで。


「俺はの方が可愛くなったと思うけど?」


こちらを見つめてサラッとそんなことを言うものだから。


「…それは、どうもありがとう?」

「どういたしまして。」


なんだかドキドキさせられて悔しくなってしまうのだ。



◇◇◇◇◇


久しぶりに会った幼馴染はまた一段と大人びていた。
小さい頃から、年齢は2歳しか変わらないはずなのに、それ以上に遠い気がして、追いつきたくて必死だった。
漸く、を動揺させることが出来るようになったと思ったら、結局返り討ちにあった。


「ねぇ、リョーマ。明日はどこか出かけてみない?どこか行きたいところとか、ある?」

に任せる。」

「…うーん。任されてしまった。どこがいいだろう…。」


別にどこでも構わないのだ。
と一緒にいられるのなら。
ガイド雑誌を眺めてああでもない、こうでもない、とソファで悩んでいるの隣に腰をおろす。


「で、どこか良さそうなところは見つかったの?」

「うーん。まだ考え中。」


そう言いながら、はこてん、と肩に頭を預けて来た。
昔とは預ける側と預けられる側が逆転したその仕草が、少し嬉しい。
腕をまわして、頭を撫でてみる。
指通りの良い髪はさらさらと流れて頬をくすぐった。


…少しまずいかもしれない。


「ねぇ、リョーマくんや。」

「なに?」


再び、意識が戻される。
…しかし、思春期の異性が近くにいて、これだけ警戒心が無いのは問題ではないだろうか。
(自分が『異性』として意識されていないという可能性が一瞬、頭に浮かんだが気付かなかったふりをした。)


「サンシャインなど、どうでしょう。」


指を指しているページには水族館やプラネタリウムなどの写真と共に、『おすすめデートスポット』の文字が踊っている。


「悪くないね。」

「ふふ。じゃあ、ここに決定ね。」


微笑んだはとても楽しそうで。


「楽しみにしとく。」

「私も、すごく楽しみ。リョーマとデートするの、初めてだもんね。」


今は、単なる幼馴染でも構わない、と思ってしまった。



◇◇◇◇◇


あれから一週間の間で、リョーマを色々なところに連れ出した。
サンシャインではしゃいだり、新宿や渋谷で人波に揉まれて何度かはぐれたり。
家で映画を観た日もあったし、二人で料理にも挑戦した。


「じゃあ、気を付けて帰ってね。」

「ん。ありがと。」


空港のロビー。
一週間前はあんなに気分を明るくさせた場所が今は少し寂しくて。


「…その顔。やめてくれない?」

「え?」

「そんな顔されると、帰るに帰れない。」


よっぽど情けない顔をしていたようで、リョーマに指摘されてしまった。
でも、これでまた暫く会えなくなってしまうのだ。
時差があって電話もそう頻繁にはかけられないし、寂しい。


「…はぁ。ちょっとこっち向いて。」


言われるままにリョーマに向き直ると、ふんわりと抱きしめられる。
本人は小柄なことを気にしているが、しっかりとした体はきちんと男の子のもので。
背中にまわした腕を強くしてみる。


「来年から、こっちに帰ってくるから。そしたら、今度は俺がエスコートする。」

「うん、待ってる。」


離れ際、もう一度ぎゅっと抱きしめられて、頬にキスを落とされる。
うっすら滲んだ涙を拭われて、一週間前のように頬を指す。
今度は、躊躇わずにキスを返した。


「…また連絡するから。」

「ん。帰ったら、メール入れとく。」


別れ際、聞き分けがないのはいつも私の方で、それが少し情けない。
今度会う時までには、私もリョーマに負けないくらい成長しておかなくては、と心に誓った。



◇◇◇◇◇


リョーマと二人、シャトルバスに乗って来た道のりを、今度は一人で帰るのか、と思うと少し憂鬱になった。
すぐに動く気にはなれなくて、ロビーのベンチに座ってぼんやりとガラス越しの飛行機を眺める。
ふと、時間が気になって鞄から携帯を取り出すと、ちょうどのタイミングで着信を知らせるバイブレーションが作動した。


「もしもし?」


『…?俺だけど、今どこにいる?』


電話の相手はキヨだった。


「幼馴染を見送って、空港のロビーにいるよ。」

『空港にいるのは知ってるけど、ロビーのどこらへんに…って、ああ。わかった。』


声が二重に聞こえる。
もしかして、と思って視線を上げると見慣れたオレンジの頭。


「見つけた。」


どうしてキヨがここにいるのだろう、という私の疑問に先回りして、「おばさんに幼馴染の見送りに行った、って聞いたから、そんな従姉のお迎えに来ました。」と答えた。


「遠いのに…。わざわざごめんね。」

はそんなこと気にしなくていーの。」


昔から、キヨは私が一人になりたくない時には必ず傍に居てくれた。
まさか、空港まで来てくれるとは思わなかったけれど、今は一人じゃないことがありがたい。


「…泣いたでしょ。目、赤くなってる。」


長い指が目元をなぞる。


「そんなに寂しかったの?…仕方がないなぁ。今夜は一晩かけて慰めてあげるよ」

「…なんか言い方がいやらしい。」

「うん。いやらしく聞こえるように言ったからね。」

「キヨのえっち。」

「男はみんなこんなもんだよ。」


口では茶化す癖に、頭を撫でる大きな手のひらや、瞳はあくまで優しくて。


「…はぁ。ほんと、キヨはいい男になっちゃったなぁ。」

「レベルが高すぎて、そんじょそこらの男とは付き合えなくなっちゃったでしょ?」

「ホントね。私が恋愛できなかったら、キヨのせいだから。」

「大丈夫。その時はちゃーんと責任とりますから。なんなら、今すぐ責任とってもいいけど?」

「ふふふ。さて、ふざけてないで帰ろっか。心配かけちゃう。」


ベンチを立って、ガラス越しの飛行場に背を向ける。
いつまでも、キヨやリョーマの優しさに甘えてばかりではいけない。
私は私で成長しなければならないのだ。


◇◇◇◇◇


「冗談じゃないんだけどなぁ…。」


前を歩くに聞こえないくらいの音量で小さく呟いた。

それなりにアプローチはしているものの、いつも躱されてしまう。
そして、清純自身も今の関係を壊すことが怖くて深追いできない。
自分でも情けないけれど、絶対に失いたくないのだ。


「キヨ、ありがとうね。」

「んー?何のことー?…あ、でも感謝するなら体で払って欲しいなぁ、なんて。」


本当は、何のことかわかっている。
けれど、今回迎えに来たのはへの純粋な心配の気持ちだけでない。
一週間、を独占した幼馴染への対抗意識だ。
幼い頃の、自分の知らないを知っているであろう相手への嫉妬。
そんな醜いものを抱えているとも知らないで、可愛い従姉は自分へのお返しに悩んでいる。


「うーん…。わかった。肩たたき、してあげる。」

「…まぁ、嬉しいんだけど、できればもう少し色っぽいお礼が良かったなぁ、なんて。」


自分よりも小さくて柔らかい手を引きながら、バス乗り場に向かう。
下りのエスカレーター。
勿論先に乗って、きちんとエスコートする。
(こういうマナーは姉に叩きこまれた。彼女は、を知らない誰かの嫁にするくらいなら、弟の清純とくっつけたいらしく、ありがたく協力してもらっている。)

2つ目のエスカレーターに乗り換える。
すると、後ろから肩を叩かれた。


「何?どうしたの?」


振り返ると、鼻先を甘い香りがくすぐった。
しなやかな手が頭をさらりと撫でる感覚、そして頬に柔らかな何かが押し当てられる。



心臓が、止まるかと思った。



「今日だけ、トクベツ。」


そう言って、唇に人差し指をあてるの姿をみて、目眩がした。
これで確信犯じゃないから、たちが悪いのだ。


「…今の、誰にでもやっちゃ、駄目だよ?」


不安になって、諭す。




「大丈夫。特別な人にしかしないから。」




またそうやって、簡単に期待させるようなことを言うから、困る。
それでも、自分は彼女以外の女の子を望めない。望みたくない。
彼女じゃなきゃ、駄目なのだ。


「…これはやっぱり長期戦だなぁ。」

「なにが?」

「こっちのハナシ。」


今は我慢してあげるけれど、そのうち本気で攻めるから。
だから、覚悟しておきなよ。


エスカレーターを降りて、再び指を絡めた。

















【Reflection】

冬リク企画もいよいよ最終更新です!

ヒロインが涼丞ポジションに転生していたら…編でした。

どうしよう、どこを書こう…と悩んで、幼馴染のリョーマとキヨをセレクト。
私の中で、リョーマとキヨは押せ押せタイプで恋愛に関しては早熟なイメージが強いです。
もし、ヒロインが涼丞ポジションに転生していたら早々に恋愛要素が出現していたと思います。
(そう考えると、本編の男の子たちは何をやっているんだ…!という感じですね。笑)


素敵なリクエスト、ありがとうございました!


※なうさまへのお礼と簡単なあとがきはブログの方に。