「あれ?」
「あ!」
「…こんにちは。」
本の海で偶然出会ったのは、テニス部の後輩二人組でした。
◇◇◇◇◇
氷帝学園の図書館は、物凄く広い。
ゆっくり読書を楽しみたい人の為のソファ席から、集中して勉強したい人のための個室ブースまで席が豊富に揃っているのは勿論、その蔵書量も豊富で参考書もたくさん揃っている。
テスト勉強をしたい学生にとって、これ以上ない素晴らしい環境だ。
二度目の人生で、「参考書を一冊買うほどでは無いけれど頭から抜けている範囲」だけをちょこっと復習したい私にとっても、たいへんありがたい。
両親は喜んでお金を出してくれるだろうが、参考書は地味に値が張るのだ。どうせちょっとしか使わないのに、勿体無い。
そんなわけで、試験前はもっぱら図書館にこもって勉強をするのだけれど…。
「二人とも、テスト勉強?」
「はい。何かわかりやすい参考書が無いか探しに来たんですけど、普段あんまり使わないので何がどこにあるのか…。」
鳳くんと日吉くんも、テスト勉強のために図書館を訪れていたらしい。
しかし氷帝学園図書館の膨大な蔵書量がかえって仇になったようで、まだ手の中は空っぽ。
「量が多すぎて、どれが良いのか選ぶだけでも時間がかかりますね。」
日吉くんも眉を寄せている。
困っている後輩二人を放って置けない程には私はお節介だと自負しているわけでして。
ここは一肌脱ごうではありませんか。
「私でよければ、少しはアドバイスできると思うよ?これでも、成績を落としたことはないの。」
「いいんですか?ありがとうございます!」
「助かります。お願いします。」
…と、参考書を選んであげる流れになったのはわかるのだけれども。
「紅茶で良いかしら?」
「あ、はい。」
「日吉くんは日本茶の方が良かったわね、確か。」
「俺も紅茶で大丈夫ですよ、お気遣いなく。」
「そう?でも、折角良い茶葉を買ったから、できれば飲んでみてほしいのだけれど…。駄目かしら?」
「…いえ。そういう事なら、ありがたくいただきます。」
「紅茶も、とてもおいしい茶葉なの。楽しみにしててね。お茶を淹れるのには自信があるのよ、私!」
「ありがとう、お母さん。部屋に行ってるから、よろしくね。」
「わかったわ。待っててね。」
あの後、選んであげた参考書とノートを照らしあわせて勉強をしている二人の質問に答えていたのですが、
「…小声で話すにしても、こう頻繁じゃ迷惑ですよね…。」
「…そうだな、移動するか。…先輩、一緒に来てくださるとありがたいんですが、お願いしても?」
「…いいよ。カフェテリアにでも行こっか。」
「…あの、良かったら俺の家にしません?」
というわけで、
「どうせなら、落ち着けるような場所で勉強した方が捗りますよ」
という鳳くんの強い勧めにより、現在「鳳くん宅・鳳くんルーム」でお勉強と相成りました。
「すみません、ここのところ、説明がいまいちわからないんですけれど…」
「ああ、ここは高校の範囲がちょっと入ってるの。未然形に「ば」で、仮定事項。已然形に「ば」だと確定事項。でも、そこまで深く覚えなくても訳さえできれば大丈夫だよ。」
「なるほど。ありがとうございます!」
「…すみません、ちょっと。」
「どうしたの?」
「ここの問題がなぜこうなるのか教えていただけますか?」
「ああ、これはこの解き方でもいいけど、別のところに補助線を引いたほうが早いよ。」
「…もしかして、ここですか?」
「あたり。さすが。ここからは簡単でしょ?」
「はい。出来そうです。補助線、気付きませんでした…。ありがとうございました。」
二人ともとても真面目で、真剣に問題に取り組んでいる。
ちらっと見せてもらったノートもしっかりとってあって、部活も大変であろうに、勉強ときちんと両立していて感心する。
そのうえ、静かに黙々と取り組んでいて。
…この辺りが同学年の二人とは違う。
そんなことを考えていると、ぼんやりとしていたらしく。
「…先輩?どうかしました?」
「いや、ちょっと考え事をしてしまっただけ。」
「そうだ。少し休憩しましょう。お茶のおかわり、貰ってきますね。」
「ありがとう、手伝うよ。」
「俺が手伝うんで、先輩は座ってて下さい。」
「ええ。先輩はゆっくりしてて下さい。日吉、そっちのトレイお願いするね?」
さすが同学年。
しっかり意気があっていて、間に入る隙もなく、全くお手伝いさせてもらえなかった。
完全なお客様状態というのは、少し居心地が悪いけれど、氷帝の男の子たちはみんな女性に気を遣えて、呼吸するかのように自然にレディファーストを行える子たちばかりなので、これでも前世よりは耐性がついた。
…彼らが将来、気のない女性相手でも無意識にその気にさせてしまうような、罪作りな男にならないように願うばかりだ。
「お待たせしました。お茶菓子も貰って来ました。」
「ありがとう。甘いもの、欲しかったから嬉しい。」
おしゃれなバスケットにクッキーやマフィンが入っていて、可愛らしい。
「先輩、さっきは何を考えてたんですか?」
「え?」
「…おい、鳳。…答えたくなかったら、こいつの言うことは別に無視して下さって構いませんから。」
意識がクッキーへまっしぐらだった私が、突然の質問に一瞬どもったのに気を遣ってくれたのか、日吉くんが諌める。
「…あ。そうですね、すみません。」
…申し訳ないのだけれど、しゅんと落ち込む鳳くんがおっきなわんこみたいで可愛い。
「別に、聞かれたくないこととかじゃないから、大丈夫よ?ただ、亮や萩と勉強してた時のことを思い出しただけ。」
「宍戸さんたちの…?」
「そう。あの二人と勉強してるとね、すぐに勉強と関係ない話に脱線してしまうの。だから、ずっと集中して勉強を続けられる二人とは対照的だなぁ、って。」
何度かお互いの家で一緒に宿題をしたけれど、一人でわからなかったところを教えあったり、答えを確認したり、一応勉強もするものの、ほとんどが雑談。
内容も、読んだ本の話だったり、それぞれの部活やクラスの様子だったり。
「なんか、意外です。そういえば、先輩たちと部活や委員会のこと以外で話したこと、あまり無いようなな気がします…。」
「そんなもんだろう。学年も違うし、大して共通の話題も無い。第一、話す機会がないだろう。」
意外や意外。
原作では仲良しなイメージがあったが、あまり親しくはないらしい。
…まぁ、鳳くんも日吉くんもまだレギュラーでは無いからそんなものなのかもしれない。
お昼休みは、亮も萩も茶道部部室で食べているし、接点が少ないのも頷ける。
…そうなってくると、好奇心がむくむくと頭をもたげてきて。
「じゃあ、テニス部の新レギュラー陣って、二人から見るとどんな人たち?」
◇◇◇◇◇
まずはご存知、萩こと滝萩之介さんから。
「滝さんは先輩たちのなかで多分、一番大人だ。」
「常に全体を見ている感じだよね。的確なアドバイスをくれるし、すごくありがたい。」
「ただ、あの人はどこまで冗談でどこから本気かわからない。心臓に悪い。」
「ときどき、笑えない冗談をいうよね。」
萩の天然具合を後輩ふたりはまだ理解しきれていないらしい。
しかし、なかなか良い先輩をしているようで、少し嬉しい。
もう一人の友人、亮こと宍戸亮くんはというと。
「真面目で努力家。一番の常識人だな。」
「宍戸さんは、自分に厳しくて常に努力をしているところを尊敬しています。」
「時々、びっくりするようなドジ踏んでるけどな。この前は、躓いてボールの籠をひっくり返してた。」
「…そ、そこが宍戸さんの親しみやすさだと思う。」
亮は後輩から見ても亮でした。
でも、二人からはちゃんと尊敬してもらえているみたいで。
萩といい、亮といい、友人のことなのに自分の事のように嬉しい。
ここからは直接は知らないひとたち。
漫画の中のイメージと彼らを知っている後輩から聞くイメージではどう違うのか、少し興味があります。
まずは、面識のないメンバーその1。芥川くんから。
「取り敢えず、芥川さんは睡眠障害だと思う。」
「あれは確かにちょっと寝過ぎだよね…。病院で診てもらってるのかなぁ。」
「まぁ、ボレーのテクニックは確かに凄い。だからこそ、普段の態度が残念だ。」
「自分の試合以外で眠ってる、っていうのは相手校に失礼じゃないのかなぁ、って思うよね。」
後輩に態度面で心配されるなんて、問題があるぞ芥川くん。
でも確かに、原作では何も言われていなかったけれどもスポーツマンとしてあれはよろしくないのではないだろうか。
それでもやはり、テニスの腕は確かな様子。
今度、交遊棟から眺めるとき、金髪のふわふわ頭を探してみようと思います。
続いて、面識のないメンバーその2。向日くん。
「向日先輩は、なんというかわかりやすいよね。」
「感情が態度に出るからすぐにペースを崩されやすいよな。」
「でも、すごく可愛がってくれるよね。」
「いつでも食べものを持っているな。割とムードメーカーな面もある。」
向日くんは、この二人からは割と高評価。
ただ、テニスプレイに関しては
「アクロバティックの必要がないところでも飛ぶから、体力がなくなるんだよな。」
とのこと(日吉くん談)。
…なかなかに評価は手厳しいお二人です。
引き続きまして、面識のない(できれば関わりたくない)メンバーその3。忍足侑士。
「正直言って、俺は苦手だ。」
「うーん。俺もあんまり話したこと無いけど、いい噂は聞かないよね…。」
「ただ、テニスプレイに関しては流石としか言いようがない。」
「全く読めないし、冷静だからね。味方としては心強いよね。」
「対戦するのは御免だけどな。」
…後輩からも高評価を下されないなんて、少し哀れになってきたぞ、忍足侑士。
「それに、すぐに雑学を披露しようとしてきて面倒だ。無視すれば無視したで、それはそれで美味しいとか意味のわからないことを言うし。」
「俺も、美味しいっていうの、いまいちわからないんだよね。」
「関西人ってみんな『ああ』なのか?」
…ちょっと聞き捨てならない方向に。
ここはしっかり反論させて頂きます。
「関西人がみんな忍足くんみたいだと思われてしまうのはちょっと心外。みんながみんな、笑いを取ろうと考えているわけじゃないからね。…確かに目は肥えてるけど。」
(光のチームメイトには、笑いを取ることに全力なラブルスもいるけれど、それは今は置いておかせてもらおう。)
「確かに、関西人がみんな忍足さんみたいだったら関西に行く気、無くしますしね。」
「…うん。みんながみんな『ああ』じゃないから、そんな哀しいこと言わないで下さい。」
「あれ?先輩って関西と何か縁が…?」
「小学校までは大阪に住んでました。だから、これでも関西人なの。」
あれ?言ってなかったっけ?
「初耳ですよ!ねぇ、日吉!」
「初耳も何も、俺は先輩とはまだ数えるほどしか交流がない。」
「知らなかった…。でも、全然出ませんよね?関西弁。」
驚く鳳くんとは対照的に、冷静な日吉くん。
「別に言葉にコンプレックスは無いけど、関西弁で話すと変に浮くでしょ?あんまり悪目立ちしたくないの。それに、時々だけど意味が通じなかったり、伝わりにくかったりするから。」
「…確かに、関西弁で話すと浮きますね。」
「身近な例がいるからな。」
「…うん。彼がいるから余計に、っていうのも正直ある。つられて目立ちそうだからね。」
私はできるだけ静かに、平凡に、面白い事は傍から眺めて過ごしたいのだ。
そして最後はこの方。
「跡部部長のことは、尊敬しています。ただ、絶対いつか超えてやります。」
「テニスプレイは勿論、カリスマ性が凄いですよね。それに、部員のこともちゃんと考えてくれてる。」
「基本的に育ちが良いので、普段は粗暴でもここぞという時はきちんと対外用の顔が作れるところとか、流石だと思う。」
「…日吉、それ聞きようによっては悪口だよ?」
「俺は褒めてるつもりだ。それに、ここには三人しかいないから問題ない。」
なんだか、日吉くんの毒舌は大阪にいる誰かさんを思い出させて微笑ましい。
不器用な、愛情表現。
「あと、変なところで常識がないな。」
「あー。確かに…。この間の忍足さんはちょっと可哀想だった。」
…それは詳しくお聞きしたい。
一体何をしたんだ、跡部景吾。
「部室にいるときに、向日さんと忍足さんが会話していたんですけど、そこに忍足さんが流行ってるお笑い芸人のネタを挟んだんですよ。」
神妙な面持ちで話す鳳くんの言葉を、日吉くんが引き継ぐ。
「俺はテレビあんまり見ないんで、知らなかったんですけど、知ってる人たちは面白かったみたいで、それが部室でウケたんです。」
なんとなく、状況は想像できる。
テレビで見たお笑いのネタと似たような流れになって、その通りに台詞をはめて遊んでみたらドンピシャでウケる、というパターン。
「それが、跡部さんは不思議だったらしくて。」
『おい、忍足。それは流行ってるのか?今のはどこが面白かったんだ?説明してくれないか?』
「さすがに気の毒だと思いました。」
「…ネタの解説を真剣に求められたら辛いよね。」
ひと通り、二人の新レギュラー陣の印象を聞いてみたけれど、やはり中からの意見を知ると、それぞれ新しい発見があって面白い。
一人で感心していると、
「さて。俺と鳳はたっぷりお話ししましたので、ここからは先輩のお話をお聞きしましょうか。」
…さすがに、情報を貰いっぱなしでは許していただけないらしい。
「…ううむ。話すのはやぶさかでないのだけれど、特にこれといって面白い話が無い場合はどうすればよろしいでしょうか。」
面白い話を聞かせていただいたので、私としても何か等価のものをお返ししたい。
しかし、何も思いつかない。
「あー。言ってみたものの、俺も特に思いついていたわけではないんですよね。…鳳、なにか無いか?」
はんぶん冗談のつもりだったらしく、日吉くんも苦笑い。
託された鳳くんはというと、
「うーん。そうですね…。聞きたいことはたくさんあるんですけど…。俺、先輩の関西弁、聞きたいです!」
「関西弁?」
「はい。話してるとこ、聞いた事無いので興味があります。」
キラキラとした目でこちらを見てくる鳳くんは可愛いのだけれど、
「でもいいの?ただ単なる関西弁だよ?日吉くんも、いいの?弱味を握るチャンスだけど?」
「…先輩は俺のことをなんだと思ってるんですか。…俺も関西弁、聞いてみたいです。綺麗な標準語を喋ってるから、関西弁で話すところが想像できなくて興味があります。」
そこまで言われてしまってはしょうがない。
何の面白味もないですが、披露しようじゃありませんか、故郷の言葉。
ただ、相手がいないと話しにくいので、二人の了承を得て家に電話をかける。
「…もしもし?お母さん?」
「…うん、今後輩んち。テスト勉強しとってん。」
「…そう、前に言っとった委員会の後輩の子。鳳くん。」
「…うん。もうそろそろ帰るよ?なんか買って帰ろうか?いるもん、ある?」
「…わかった。買って帰る。…まだ料理の途中やったんとちゃうん?大丈夫なん?」
「…ん。じゃあね。」
内容としては、単なる帰るコールだったのですが。
「…なんか、あれですね、普段忍足さんが関西弁なので割と聞き慣れてるつもりだったんですけど、話す人が変わると印象も変わりますね…!」
「思っていたよりも興味深かったです。ほんとに関西人だったんですね。」
二人とも、あんまりまじまじとこっちを見ながら言うものだから、恥ずかしい。
「…と、いうことで帰るコールもしたことですし、そろそろお暇させていただきます。鳳くん、おじゃましました。」
「…夕飯も食べて行って下さい、と言いたいところですがお家の方が心配しますよね。残念ですが、是非また遊びに来て下さい。」
「うん。今度は私の家にも招待するね。日吉くんも、ありがとう。またお話しようね?」
「はい。こちらこそ。勉強、助かりました。」
鳳くんのお母さまにもご挨拶をして、(案の定、晩御飯を誘われたけれど鳳くんが上手く断ってくれた。)今日のところは帰宅。
二人とも送りますよ、と言ってくれたけれど流石に御夕飯時にそれは申し訳ないので丁重にお断りした。
そんなこんなで、後輩二人組とのお勉強会兼鳳くんのお宅訪問は幕を閉じたのでした。
◇◇◇◇◇
「先輩、帰っちゃったねー。綺麗で頭が良くて、良い人でしょ?」
「ああ。良い先輩だな。」
鳳と話しているとよく話題にのぼる人だから、名前は覚えていたし、何度か会って言葉を交わしたことはあったが、きちんと「会話」したのは今日が初めてだった。
確かに良い先輩だと思う。説明もわかりやすかったし、ところどころに気遣いが見られて、居心地が良かった。
できればこれからも親しくしていきたい、と思える人で。
「あんなお姉さんがほしかったなぁ。今からでもお姉さんになってくれないかなぁ…。痛っ!ちょっと日吉、何するの…。痛いよ!」
「なんか恥ずかしかったから殴った。」
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【Reflection】
冬リク企画、第三弾!
日吉と長太郎と三人で仲良く会話編でした。
REPLAYの二年生二人組は、氷帝テニス部の先輩たちについてどう考えているんだろう、というのを盛り込んだら長くなりました…。
長太郎くんのお家はきっとそこそこな豪邸に違いない。
そして、ふわふわした可愛らしいお母さんがいるに違いない、という妄想からお宅訪問させてしまいました。
何気に慣れている日吉くんは私の願望です。
REPLAYの二年生コンビは仲良し。
相変わらず、忍足への当たりが厳しいのは、愛ゆえですのでご容赦下さい…!
素敵なリクエスト、ありがとうございました!
※みおさまへのお礼と簡単なあとがきはブログの方に。