「あれ?先輩?」
最初にその姿を見つけたのは長太郎だった。
「…宍戸さん。俺の見間違えでしょうか。先輩ひとりで帰ろうとしてません?」
寒そうにマフラーに顔を埋めながらゆっくりとした足取りで校舎からこちらを目指して歩いてくる影はひとつ。
「…ひとりだな。」
途端、普段は穏やかな後輩は眉間に皺を寄せて捲し立てた。
「またこんな時間に!…宍戸さん、先輩は俺が引き留めておくので着替えて来て、送ってあげてください!」
「でも片付けがまだ…「俺がやっておきます!」」
取り敢えず、全速力でクラブハウスへ向かった。
◇◇◇◇◇
にこやかにこちらを見つめてくる鳳くんは綺麗な笑顔に迫力がある。
「で、言い訳は?」
「図書館で面白そうな本を見つけて読んでいて、気付けばこんな時間でした。」
「それで?夜道は危ないのを承知で一人で帰ろうとしてたんですか?」
「…反省しています。」
正直言って、前世で成人していた身としてはそこまで危なく感じる時間ではなかったのだけれども、このお二人はそれが気に入らなかったらしい。
「遅くなったなら、一人で帰んねーで誰かに言え。俺とか滝とか長太郎とか。この時間ならコートにいるから。」
「テニスコートに近付きたくないなら、メール入れて交遊棟で待つなり何なりして下さい。兎に角、一人で帰ろうとしないで下さいね!」
「じゃあ、長太郎あとよろしくな。…帰るぞ、。」
「気を付けて下さいね。」
…連携プレイで口を挟む間もなく亮に送り届けられることになった。
二人とも、過保護すぎないだろうか。
律儀に見えなくなるまで手を振りながら送ってくれた鳳くんに手を振り返しながら、亮に思ったことを伝えると、頭を叩かれた。
「…テニス部レギュラー様の力で叩かれると一般人の私はたいへん痛い思いをするのですが。」
「危機感を持てよな!馬鹿!」
「たかだか一時間弱の通学路に危険はないよ。」
「氷帝の制服は変なやつによく狙われるんだよ!は容姿も良い方なんだから自覚持って注意しろ!」
「…はい。ごめんなさい。」
普段あまりこういうことを言わない亮から、容姿が良いと誉められるとどうして良いかわからない。
これが萩や鳳くんなら向こうが褒め慣れているので全く気恥ずかしさは無いのだけれど、言った後で恥ずかしくなって、耳を真っ赤にするような純情少年(宍戸亮)に言われてしまうとこっちまで恥ずかしくなってくるわけでして!
「……。」
照れて急に無言になった亮は無意識に早足になってしまっていて、ついていくのが辛い。
ようやく信号で止まった頃には、慣れない運動をしたせいか息切れしていた。
現役テニス部レギュラー様と一般的な女子中学生の体力を一緒にしないでいただきたい。
腹いせに亮の頬をつねったら、私の手が冷たかったのか、思い切り顔をしかめた。
「…っ!お前はほんともう!ちょっとここで待ってろ!」
そして再び来た道を引き返して行く。
そんな亮の謎の行動を見守りながら、信号の脇で通る車をぼんやりと眺める。
冬の寒さは苦手だけれど、澄んだ空気の中で呼吸をするのは気持ちが良い。
目を閉じて大きく深呼吸をすると、頬に温かい感触。
「これ、やるから持ってろ!」
「…ありがたいんだけど、何ゆえこのチョイスなの?」
需要があるのか不思議だけれど、冬の自販機からは決して無くならない定番メニュー。
ホットのしるこドリンクを受け取って、手のひらで転がすように、冷えた指先を暖める。
「俺の少ない小遣いから奢ってやるんだから、文句言わずにありがたく受けとれ。そしてちゃんと飲めよ。」
「私、これ初めて飲むよ…。」
いつも口では私と萩に負けてしまう亮からの小さな仕返しに苦笑しつつ、早速飲もうとするのだけれど、かじかんだ指ではプルタブが上手く開けられない。
「…はぁ。貸せ。」
「お願いします。」
見かねた亮に開けてもらって、口に含む。
…あまい。
「なんやかんやで面倒見が良いよね。」
「これでも部活では先輩だからな。」
「テニス部は後輩多くて大変そうだよね。あんまり頑張り過ぎないようにね。」
「ばか。こっちの台詞だ。」
すっ、と長い腕が伸びる。
しっかりとした手がふんわりと頭を包んで、壊れ物を扱うような手つきで、そっと往復した。
「あんまり、無理すんなよ。」
そう言って柔らかく笑うから、
「天然はたちがわるい…」
「なんか言ったか?」
「べつになにも?」
「気になるだろーが!」
不意討ちに照れて、伝え損ねた感謝の気持ちはいつ返せば良いのだろう。
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【Reflection】
と、言うことで冬リク企画、第一弾はきらさまのリクエストで宍戸との帰り道でした。
リクエスト、ありがとうございました!
本編では自覚済みの滝さんや、時間と血の濃さで優位に立っている光くんと比べて出遅れがちな宍戸さんでしたが、この企画でまた一歩前進したのではないでしょうか…!
たぶん一番、中学生らしい恋愛をする子だと思います。
(そんな宍戸さんを想像してキュンキュンしている私です。)
そしてときどき、天然で誑しが入ると良いと思います。
※きらさまへのお礼と簡単なあとがきはブログの方に。